TOPページへ論文ページへ
論文

 今回発生したイスラム国の人質問題に対する日本の交渉の様子を見ていると国力、国の力とは何かを考えさせられます。
 最初に国の力の変遷について、いくつかの見解をご紹介したいと思います。
 1980年代は日本の絶頂期で、スイスのシンクタンクが毎年発表する世界の国々の競争力順位では、80年代後半から90年代前半はアメリカを押さえて世界一でした。
 そこでアメリカは地位を奪還するために、これからの世界での国力は何かを検討しはじめます。

 最初に登場したのが、未来学者アルビン・トフラーが1990年に出版した『パワーシフト』で、要約すれば、古代の国力は武力であったが、産業革命以後は財力に代わり、これからの情報社会では文化や知識が国力になるという内容です。
 次に、カーター大統領の安全保障特別補佐官であったズビグネフ・ブレジンスキーが1997年に『世界はこう動く』というアメリカの世界戦略についての本を出版します。
 その中で、アメリカがソビエトを崩壊させて世界で一国だけ強大な国家になった理由を説明しています。
 世界一の軍事力、経済力、技術力を持ったことという理由は理解できますが、もう一つ「粗野ではあるが、世界の若者を魅了して止まない文化力」を持ったことが重要だと書いています。
 アメリカの文化に憧れて世界から優秀な人材が集まるからです。
 例えば、日本のプロ野球選手もダルビッシュ有や田中将大のように能力があればMLBに行きますし、ノーベル物理学賞を受賞した中村修二さんのように、研究分野でも優秀な人材がアメリカへ移動していきます。

 このような見解を要約したのがクリントン大統領の一期目に国防次官補を勤めた政治学者ジョセフ・ナイで、国力は武力から財力に移行してきたが、これからは、そのようなハードパワーではなくソフトパワーになると主張しています。
 ソフトパワーの本質は魅力であると言っていますが、「色男、金も力もなかりけり」という言葉もある日本人には理解できない概念でした。
 しかし、魅力を英語にするとアトラクティブネス、すなわち惹き付ける力になり、自国に必要な人材、物質、資金、情報などを自国に有利な条件で惹き付けることだという意味です。

 このような背景から、今回の人質問題の交渉を考えると、日本はアメリカのように特殊部隊を送り込んで武力で人質を奪還することはできませんから、相手に足元を見透かされて金で解決しろと迫られた訳です。
 しかも安倍首相が中東諸国に経済支援、すなわち財力によって友好関係を築こうとしていた時でしたから、象徴的でした。
 しかし、600万ドルを支払った1977年のダッカ日航機ハイジャック事件のときとは違い、身代金を支払うことはできない時代ですから、手詰まりになってきたわけです。
 そこで日本は魅力で対応ということになりますが、安倍総理の中東諸国歴訪がイスラム国には反撥をもたらすような結果になり、交渉が困難になっているという現状です。

 かつてアメリカはヨーロッパ大陸との不干渉主義を決めたモンロー主義を破って第一次世界大戦に参戦するとき、ヨーロッパ諸国から歓迎されるため、チャップリンの映画などを各国で上映するとともに、アメリカの問題を暴くような映画を検閲して輸出しないようにしましたし、戦後の日本をアメリカひいきにするためにハリウッド映画攻勢で日本人がアメリカに憧れるようにしたこともあります。
 韓国はベトナム戦争のとき、アメリカ軍とともに戦いましたが、あまりにも残虐であったため、ベトナム人がもっとも嫌いな国になっていました。
 しかし、韓国ドラマを無償で大量にベトナムに提供することで、現在では多くのベトナム人が韓国を憧れるようになっています。

 日本も同様の戦略を進めるべきだということを教えてくれたのは、アメリカのジャーナリストのダグラス・マグレイで、2002年に、日本は経済大国を目指すのではなく、素晴らしい日本文化を海外に知らせて文化大国になるべきだという「日本文化大国論」という論文を発表しています。
 それを参考に日本は「クール・ジャパン」戦略を進めていますが、フジヤマ・ゲイシャではないものの、アニメ、ゲーム、マンガ、和食などが中心です。

 それも悪くはありませんが、さらに戦略的な判断が必要です。
 2年前、ブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会の総会で、2020年は東京で大会が開催されることに決定しました。
 1回目の投票では過半数の国がなかったので、イスタンブールと東京の決選投票となりました。
 トルコは世界でも有数の日本に友好的な国です。背景は明治23(1890)年に紀伊半島沖でトルコの軍艦エルトゥールル号が遭難したとき、貧しい漁村の人々が献身的に救助したことです。
 実際、1985年のイラン・イラク戦争のとき、政府が日本航空に日本人の救出を依頼したところ、組合が反対して飛行機が飛ばなかったのですが、トルコのオザル首相が危険な地域に2機の飛行機を飛ばし、日本人を救出してくれたという出来事がありました。
 そのとき、トルコ人は陸路でイランから危険な脱出をしています。
 なぜ日本を厚遇してくれたかについて、駐日トルコ大使は「エルトゥールル号の借りを返しただけ」と発言されています。

 ブエノスアイレスの総会には安倍総理も出席されておられたので、イラン・イラク戦争のときのトルコの英断に感謝し、さらに長期的な中東との関係を熟慮すれば、「東京は2度目だから、中東で最初のオリンピックをイスタンブールで開催するために日本は降りる」と表明されれば、トルコのみならず、中東諸国から感謝され、今回の人質事件でトルコが熱心に支援して、場合によってはイスラム国も配慮してくれることになったかも知れません。
 たかだか2週間のスポーツ大会を開催するよりは、日本の評価を長らく高らしめることになったと思います。
 これが21世紀は魅力が国力になるという言葉の真髄だと思います。





designed by BIT RANCH / DEGITAL HOLLYWOOD
produced by Y's STAFF
Copyright(c) Tsukio Yoshio All Rights Reserved.