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論文

 先週の10日に理化学研究所はSTAP細胞事件についての記者会見を開いて関係者の処分を発表し「これ以上STAP細胞問題は調査しない」と幕引き宣言をしました。
 それはともかく、この問題は世界の三大研究不正事件として記録されるという不名誉なことになるのではないかと心配されています。
 他の二つは「シェーン事件」と「ファン・ウソク事件」と言われるものです。

 「シェーン事件」は2002年に発覚した事件です。
 ドイツの大学で博士号を授与され、1997年にアメリカの有名なベル研究所の研究者に採用されたヘンドリック・シェーンが2000年にマイナス221度(絶対温度で52度)で有機物の超伝導現象を発見し、翌年には、さらに高温のマイナス156度(絶対温度で117度)でも発見したと発表し、イギリスの科学雑誌『ネイチャー』に論文が掲載されました。
 シェーンが30歳のときのことです。
 あっという間に若手スター研究者となり、いくつかの有名な賞を受賞し「超伝導の分野でノーベル賞にもっとも近い」と評価されるようになりました。
 しかし、何人かの学者が追試験をして疑問を提示した結果、調査委員会が設立されて、不正行為があったことが明らかになりました。

 ドイツの大学で博士号を「日本の大学で博士号」、有名なベル研究所を「有名な理化学研究所」に置き換えると、『ネイチャー』に論文を発表し、30歳で一気に脚光を浴び、ノーベル賞に近いなどとともに、STAP細胞事件と瓜二つです。
 シェーン事件でも少数の研究者が疑問を呈すると、実験が上手くいった証拠は見せることができると主張したにもかかわらず、研究ノートに生データを記載していなかったり、実験サンプルの多くが保存されていなかったところも似ています。

 もうひとつの「ファン・ウソク事件」は2005年に韓国で発生しました。
 ファン・ウソクは韓国の生物学者で、2004年にアメリカの科学雑誌『サイエンス』に掲載された論文で、ヒトのES細胞を製造したことを発表し、さらに翌年にも患者ごとに対応するES細胞を製造することにも成功したと発表し、脊椎損傷などの病気をかかえる患者に大変な希望をもたらしました。
 当時は世界の研究者がヒトのES細胞の実現を競争していましたが、だれも成功していなかったので世紀の発明となり、自然科学分野で韓国最初のノーベル賞受賞者になると盛り上がり、韓国では「プライド・オブ・コリア(韓国の誇り)」と騒がれました。
 しかし、実験に必要なヒトの卵子を入手するときの不正が明らかになって警察が捜査した結果、論文に添付された実験写真に捏造があることや、共同研究者の一人が論文の内容が虚偽であることを認め、論文も撤回される結末になりました。

 この2件は21世紀になってからの事件ですが、歴史には数多くの捏造事件が存在します。
 1909年には「ピルトダウン人事件」が発生しています。
 本業は弁護士のアマチュア考古学者チャールズ・ドーソンが、イギリスの南部にあるピルトダウンという場所で発見した頭蓋骨の一部を大英博物館のウッドワード卿のところに持込みます。
 ウッドワード卿は「エオアントロプス・ドーソニ(ドーソンの夜明けの人)」と名付け、現生人類の直系の祖先であると認めます。
 しかし、それ以後、ドーソンが化石を発見した地層からは化石が発掘されず、懐疑的な意見も登場しますが、化石が厳重に保管されて検査が出来ませんでした。
 半世紀後の1953年になってオックスフォード大学の研究者が精密な検査をしたところ、下顎の骨はオランウータンのもの、臼歯は人間の歯に見えるように成形され、古く見えるように着色もされていたことが判明しました。
 アマチュア考古学者の功名心からの捏造ですが、1856年にはドイツでネアンデルタール人の化石、1908年にはフランスでラ・シャペル・オ・サン人が発掘されていたので、大英帝国の威信に懸けても、ドイツ人やフランス人よりもイギリス人の祖先の方が古いということを示したかったという思惑が働いていたのではないかという意見もあります。

 これ以外にも、アメリカの医学研究者が白いネズミの皮膚に黒いネズミの皮膚を移植しようとして上手くいかないので、白いネズミの一部をマーカーペンで黒く塗って成功したかのように見せた「サマーリン事件」(1974)。
 ドイツの2人の研究者が37の論文でデジタル画像の捏造やデータの偽造をしていることが内部告発で明らかになった「ヘルマン・ブラッハ事件」(1997)など、世界で有名になった事件は数多くあります。

 今回のSTAP細胞事件でも、論文を査読した人間が見抜けなかったのかという疑問がありますが、私のささやかな経験でも大変に難しい作業です。
 盗作については情報技術の進歩によって、コンピュータが何千万という論文を比較して類似の内容があるかを判定するサービスが登場していますから、かなりチェックが出来るようになりました。
 しかし論文の内容に捏造があるかの判断はなかなか難しい作業です。論文の査読は複数の人間が送られてきた論文を読む訳ですが、最近のように研究分野が細分化されると本当に自分の専門ではない分野の論文を審査したり、背景にあるデータを見ることなく審査する場合が多いので、巧妙に捏造されると発見は困難です。
 STAP細胞のように世紀の発見となれば、多数の人々が関心を持って論文を読みますし、再現の実験をする人も居ますから、捏造などが発見されますが、多くの場合は見逃されがちです。
 大変に残念なことですが、基本は研究者の倫理に頼らざるをえないことになりますが、「ファン・ウソク事件」「ピルトダウン人事件」のように国家の威信を懸けた状況になってしまうと、倫理が麻痺してしまうこともある場合が登場することになります。
 科学の世界くらいは「浜の真砂は尽きるとも」にならないことを期待したいと思います。





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