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論文

 今日は話題の燃料電池車(FCV)は究極のエコカーか?を検討してみたいと思います。
 昨年11月18日にトヨタ自動車が「ミライ」という名前の燃料電池車を12月15日から発売すると発表し、本田技研工業も前日に「ホンダFCVコンセプト」というモデルカーを発表しました。
 さらに今年の1月5日になって、トヨタ自動車は燃料電池車に関係する5680件以上の特許を無償で公開すると発表し、1月15日には安倍総理大臣が官邸の前庭で「ミライ」のハンドルを握って「水素時代の幕開け」と宣言するなど、燃料電池車が話題になっています。

 「ミライ」という名前が象徴するように、燃料電池車が注目されるのは自動車の新しい時代を切開くという意気込みですが、その根拠は地球温暖化に影響する二酸化炭素を排出しないということです。
 燃料電池は車内に積んだ水素を空気中の酸素と化合させると電気を発生すると同時に、化合物はH2O、すなわち水になるという装置です。
 酸素と化合する現象を酸化といいますが、急速な酸化を燃焼といいますので、このような仕組で発電する装置を燃料電池、英語で燃料はフュエル、電池はセルですから、フュエル・セルと呼ぶ訳です。
 その電気で自動車を動かし、水は捨てれば二酸化炭素を発生しない車両が誕生するということになります。

 なかなか美しい技術のようですが、ここにはトリックがあります。
 アメリカで電気自動車を発売しているテスラ・モーターズのイーロン・マスク最高経営者(CEO)は1月にデトロイトで開かれた北米国際自動車ショーで、FCVは「フュエル・セル・ヴィークル」ではなく、「フール・セル・ヴィークル」すなわち馬鹿な電池自動車だと批判しました。
 その理由はFCVに供給する水素を製造するときに大量のエネルギーを消費して二酸化炭素を発生していることを無視しているからだというわけです。
 水素は自然のなかにそのまま存在するわけではなく、天然ガスの主成分であるメタンCH4のH(水素)を分解するか、炭素、酸素、水素を主要成分とする褐炭から分離して製造する方法が検討されています。
 海外の天然ガスや褐炭の産地で生産しますが、気体のままの水素は容積が膨大なので、マイナス253度まで冷却して液体水素にして魔法瓶のような構造の液化水素運搬船で日本まで輸送して貯蔵し、そこからタンクローリー車で市街地にある水素ステーションに配送します。
 自動車には700気圧に圧縮してカーボンファイバー強化プラスチックのタンクに注入します。
 産業用の高圧ボンベで使用されている圧力が150気圧ですから、その5倍近い圧力です。
 それぞれの過程で電気を使用し、例えば「ミライ」の水素タンクを満杯にするだけの水素を700気圧にする電力は電気自動車を100kmから150km走らせることができる量です。

 このように、ガソリンや電気や水素という自動車の燃料の原料を入手してから自動車が走るまでを「ウェル・トゥ・ホイール」、すなわち原油の井戸(ウェル)から車輪(ホイール)までと言いますが、その過程で排出される二酸化炭素を計算してみると意外な結果になります。
 日本自動車研究所が計算した数字ですが、一般のガソリン自動車は1km走るのに二酸化炭素の重量で147グラム排出し、「プリウス」のようなハイブリッド車は95グラム、「リーフ」のような電気自動車は55グラムですが、水素を石炭で発電した電力で製造して日本まで輸送して燃料電池自動車を走らせると260グラムにもなるのです。
 もちろん、都市に設置した水素ステーションで都市ガスから水素を製造して供給すれば79グラムに減りますし、太陽電池の電力を使用すれば14グラムまで減りますが、電気自動車を充電する電気を同じように太陽電池で発電すれば1グラムしか二酸化炭素を排出しませんから、イーロン・マスクが馬鹿な電池車という気持も理解できます。 

 もう一つの問題は水素ステーションを各地に配置することです。
 燃料電池車はタンクを一杯にすれば約650km、東京から姫路に匹敵する距離を走行できますから、それほど密に配置しなくてもいいのですが、1カ所あたりガソリンスタンドの5倍の5億円が必要ですから、政府の来年3月までに100カ所という計画を実現するためには500億円が必要になります。
 多くの技術は初期には問題を抱え、それを解決しながら普及してきた現実があります。
 アメリカで最初のガソリンスタンドが出来たのは1914年でしたが、それが普及するまではガソリンはブリキ缶に入れて販売されていました。
 水素は高圧ですから最初から水素ステーションが必要ですが、いずれは普及していく可能性が大きいと思います。

 しかし、2020年の東京オリンピック・パラリンピック大会では水素社会を宣伝するため、政府が1台につき200万円、東京都が同じく100万円を補助し、723万円の自動車を420万円程度にして販売することになっています。
 現在の計画では2020年までに6000台の普及を目指していますので、ほぼ180億円の税金を投入することになりますが、税金の使途として適切かは疑問です。
 実際、今年1月下旬のスイスのダボスで開かれた世界経済フォーラムに出席したアメリカの前エネルギー省長官のスティーブン・チューは「電気自動車が二酸化炭素削減の解決策になりつつあるときに、他の技術に向かって時間を浪費すべきではない」と発言しています。
 燃料電池車で出遅れているアメリカの自動車産業を支援する意味があるにしても、現在の日本の前のめりの姿勢は慎重に検討する必要があると思います。





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