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論文

 昨年9月に国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」による第5次評価報告書が公表されました。
 そこでは、地球温暖化はもはや疑う余地がなく、しかも回避できないと認定するなど、厳しい現状認識が列記されています。
 実際、1880年から2012年までに世界の平均気温は0.85度上昇し、2100年には現在よりも0.3度から4.8度上昇し、それは大気中の二酸化炭素蓄積量に比例すると推定されています。
 そこで2100年に産業革命以前よりも2度程度の気温上昇で押さえ込もうとすると、人間の活動が原因の二酸化炭素排出量を2050年には2000年と比較して半分にし、2100年にはゼロにする必要があると書かれています。

 それを反映して先週の月曜までドイツのエルマウで開催されていたG7では、世界全体で2050年までに温室効果ガス排出量の削減を40%から70%の上の方の数値を目標にするという宣言が発表され、今年の年末にパリで開催される国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で、実際の対策の枠組を決めるという段取りになっています。
 地球温暖化対策というと、このように二酸化炭素などの温室効果ガスの排出を減らすということが中心ですが、二酸化炭素の排出をゼロにするという実際にはほとんど不可能な対策を実施しなければ、温暖化が完全に解決することはないとすれば、現在より温暖になった地球環境に対応した対策を検討しようという考え方が出てきました。

 これを「適応計画」と呼び、それによって新しく誕生するビジネスを「適応ビジネス」と言います。
 典型的な例は北極航路の開拓です。
 北極海の海面を覆う海氷は20世紀の100年間でほぼ半分にまで面積が減りました。
 これは環境問題としては大問題ですが、歓迎している業界があります。海運業界です。
 日本からヨーロッパまで従来のようにスエズ運河を利用する南回りで航海すると40日近くかかりますが、北極海を通れば半分程度になりますし、危険なマラッカ海峡やソマリア沖を通る必要もなくなります。
 もちろん、北極海の環境を悪化させる可能性もありますが、一方で輸送エネルギーが減って環境への負荷を減らすことにもなるし、海運業にとっては経費が大幅に減るという一石二鳥で、実際、2010年に利用した貨物船は4隻でしたが、昨年は61隻になっています。

 そのようなビジネスを広範に検討するために、今年3月に中央環境審議会が地球温暖化によって発生する影響について、7分野56項目を挙げています。
 その中で重大な分野は
  1)洪水や高潮や土砂崩れなど災害の発生
  2)農業生産の低下
  3)感染症や熱中症など病気の蔓延
  4)動植物の生態の変化
ですが、これらに対応する具体的な適応ビジネスを御紹介すると、実際の状況が理解いただけるかと思います。

 農業の分野では、高温になると米粒の内部が白濁する問題が発生しますが、国立の農業・食品産業技術総合研究機構が白濁する比率が従来の3分の1程度に減る品種を開発し、その作付面積が急速に増加しています。
 感染症などへの対策としては、帝人フロンティアとアース製薬が共同開発した「スコーロン」という合成繊維や、インセクトシールド・ジャパンが販売している同様の繊維があります。
 これは虫を寄せ付けない成分が染み込ませてある繊維で、これまではアウトドア分野の衣料として需要があったのですが、最近では都会でもデング熱に感染する時代になり、一般の衣料や作業着としても需要が出ています。
 動植物の生態変化では、温暖になったためニホンジカが増えて食害が増加し、その対策でワナを仕掛けますが見回りが大変でした。綜合警備保障(ALSOK)では、シカがワナにかかると自動通報するシステムを開発し、昨年だけで50システムほどが使用されています。
 原因を作った人間が、それを元に商売をしているというドロナワの感じがしない訳でもありませんが、新しいビジネスが誕生しているのです。

 このような先進国内のビジネスだけではなく、世界全体で適応ビジネスは重要な役割が期待されています。
 それを象徴するキーワードが「BOPビジネス」です。BOPは「ベース・オブ・ピラミッド」の略です。
 世界の人口を年間所得で分けると、購買力平価換算で2万ドル以上が約4%、3000ドル以上が25%、それ以下が71%、実数では50億人にもなり、この50億人をBOP層と呼んでいます。
 これら人々は、一般に自然災害に弱い場所に生活していたり、感染症にかかりやすい地域に生活していたりしますし、農業生産が低下して食料が値上がりすれば、その影響をもっとも受けやすいというように、地球温暖化の被害を最初に被る階層です。
 そのための支援をすることも適応ビジネスの役割と期待されています。
 住友化学は防虫剤を染み込ませた「オリセットネット」という蚊帳をアフリカで生産し、マラリア予防に貢献していますし、日本ポリグルやアメリカのP&Gは水の浄化剤を安全な水の手に入らないアフリカや東南アジアに提供しているという例があります。

 今年の年末にパリで開かれるCOP21は京都議定書に代わる2020年以降の地球温暖化対策の枠組を作る重要な役割がありますが、京都議定書が一部の先進諸国だけが二酸化炭素削減の義務を負っていたのに対し、このポスト京都議定書は多数の国の関与と同時に、企業にも役割を求めることになる予定です。
 BOP層を適応ビジネスで支援するということは、企業の社会的責任(CSR)だけではなく、ポスト京都議定書への貢献の手段にもなるというわけです。





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