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論文

 先週末に日本経済新聞社がイギリスの経済紙『フィナンシャルタイムズ』を所有する「ピアソン」から1600億円で買収するという発表がありました。
 部数だけからいえば、フィナンシャルタイムズは電子版も合わせて73万部で、『日本経済新聞』の朝刊の発行部数273万部と電子版43万部を合計した4分の1弱ですから、日本経済新聞のほうが大きいということになりますが、英語で発行していることもあり、世界全体への影響力は大きく、日本経済新聞の発信力は高まると思います。
 日本経済新聞社は連結売上高が約3000億円ですが、新聞事業単独の売上は約1700億円ですから、それに匹敵する規模の買収を現金で決済したということになり、かなり大胆な決断だと思います。

 その背景にあるのは世界規模の新聞事業の変化です。
 第一は販売部数が下降状態になっていることです。
 アメリカでは1985年の6280万部を頂点に2012年には4443万部と30%も減少していますし、日本でも2000年の5371万部を頂点に昨年は4536万部で15%ほど減少しています。

 第二の苦境は広告収入の減少です。
 アメリカの新聞では、やはり2000年が頂点で5兆円程度でしたが、2011年には2兆5000億円と半分になっています。
 日本でも1990年頃は約1兆3000億円程度でしたが、それ以後、ひたすら減少し、2014年には約6000億円と半分以下になってしまいました。
 ただし、アメリカの新聞は収入全体の90%近くを広告収入に依存していますので影響が大きいのですが、日本の新聞は朝夕の配達による購読料という定期収入があって広告収入依存は35%ですから、アメリカほどではありませんが、影響は深刻です。

 このような状況を打破しなければいけないのですが、昨年、ホリエモンこと堀江貴文さんが興味ある発言をしています。
 「新聞は今や残存者利益を得るメディアであり、業界全体が縮小均衡路線を辿っていくでしょう。媒体としての「紙」が不便なのは明白な事実なので、新聞社が生残りたいのであれば、デジタル化していくしか道はない」
 前半は一言に要約すれば、熾烈な競争を勝ち残った新聞しか利益を得ることは出来ないということ、後半は電子新聞に将来が懸かっているということです。

 今回の巨額買収は、そのような背景から実現したものですが、その前に、日本の新聞は世界では特殊な構造だということを知る必要があります。
 第一は、すでにご説明した配達制度による購読料で維持されていることです。
 アメリカの購読料比率の約10%は極端ですが、ヨーロッパの主要国でも50%以下で、日本だけが65%になっている例外的な構造です。
 第二は、国の規模に比べて新聞の種類が少なく、人口あたりの発行部数が世界一多い国だということです。
 アメリカは減ってきたといっても1400紙ほどが毎日発行されていますが、日本では日刊紙は104紙しかなく、人口あたりの発行部数は世界一です。

 これには興味深い世界の変化があります。
 かつて毎日1000万部以上発行している新聞は世界に3紙しかありませんでした。
 ソビエト共産党の機関紙『プラウダ』と中国共産党機関紙の『人民日報』と日本の『読売新聞』でした。
 2008年にどのように変化しているかというと、『読売新聞』は依然として(朝刊と夕刊を合計すると)1000万部を越え世界1位ですが、『人民日報』は発行部数で世界47位の100万部、最盛期には2560万部を発行していた『プラウダ』はソビエト連邦が崩壊したことも影響して、世界82位で74万部でしかありません。
 さらに2011年の世界の新聞の発行部数で世界の上位10番までを調べると、日本の新聞が5紙も入っています。
 要約すれば、日本の新聞は世界全体からすれば特殊だということです。

 そこで対策ですが、堀江さんの指摘のようにデジタル技術を駆使した電子新聞へ移行することですが、これも日本の新聞は遅れを取っています。
 今回、『日本経済新聞』が買収することになった『フィナンシャルタイムズ』は紙の新聞の発行部数は23万部ですが、電子新聞の有料の購読者数は50万人で倍以上です。
 同様に『ニューヨークタイムズ』は87万部と91万人と電子新聞の方が多いのですが、日本経済新聞は296万部と43万人でしかありません。

 このような現状だけではなく、新聞社会にはマイクロペイメントというIT技術の波が革命をもたらしています。
 昨年4月からオランダで2人の若者が開始した『ブレンドル』というサービスが記事の切り売りを始めました。
 『ニューヨークタイムズ(米)』や『ガーディアン(英)』などと契約し、記事を一本につき15円から30円で販売し、新聞社が7割、ブレンドルが3割の収入を得るという方法で、すでに25万人が購読しています。
 さらに今年1月からは『スナップチャット』、5月からはフェースブックが運営する『インスタント・アーティクル』が同様のビジネスを始め、『インスタント・アーティクル』では各新聞社の記事へのアクセスの25%がフェースブック経由になっています。
 確かに、我々は紙面の記事のほんの一部しか読まない訳ですから、もっともなサービスです。

 これからどうするかということで想い出すのは、1960年代にIBMが将来の経営方針について、当時、一世を風靡していたメディア学者マーシャル・マクルーハンに相談したとき、「IBMは計算機械を販売するのではなく、計算サービスを提供すべきである」という回答でした。
 そこでIBMはコンピュータをレンタル方式にし、企業が必要とする計算能力を販売する方向に変換をしたところ、世界の8割のコンピュータがIBM製になったという劇的な発展をしました。
 この理論を応用すれば、新聞社は新聞紙を売るのではなく記事を売る組織だと方針を展開すれば、活路が開けると思います。
 メディアではなくコンテンツこそ目指すべき目標ということです。





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