TOPページへ論文ページへ
論文

 依然として東京は暑いので、先週末は岩手県宮古市を訪ね、三陸海岸でカヤックをしてきました。
 宮古の8月の最高気温は東京より4度ほど低くて涼しいのですが、さらに「やませ」という冷気が海から吹き上がると濃霧になり、東京より10度近く低くなることもあります。
 農業にとっては冷害など問題が発生しますが、暮らす分には涼しくて快適な地域です。
 ところで、この三陸海岸というと「じえじえ」で有名になった、NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」の舞台で、一躍、観光名所になるとともに、東日本大震災からの復興にも貢献しました。
 昨年の9月に訪ねたときは、久慈から宮古まで海岸沿いに走る「三陸鉄道北リアス線」は満員で驚きましたが、2年も経つと「あまちゃん効果」も次第に薄れ、代わりに登場してきた目玉が「三陸ジオパーク」です。

 三陸海岸は日本最大のリアス式海岸で、青森県と岩手県の県境あたりから、宮城県の牡鹿半島の付根まで、直線距離で約250kmが出入りの激しい複雑な地形になっており、断崖絶壁が続いています。
 ここが一昨年「日本ジオパーク」として認定され、さらに「世界ジオパーク」を目指しているのですが、これを目玉にしようというわけです。
 日本ではユネスコ認定の世界遺産に一喜一憂するほどの大騒ぎになりますが、同じユネスコが支援する「世界ジオパーク」は全国規模の話題になりません。
 「世界ジオパーク」は1998年にユネスコの支援によって設立された「世界ジオパークネットワーク」が2004年から認定を始めた制度で、地球の46億年の歴史が創り出した重要な自然環境を保全するだけではなく、教育や観光に積極的に利用していくことを目的とし、日本では「大地の公園」と訳されています。

 この認定を受けるためには、各国がジオパーク委員会を設立し、そこで審査して認められると国別のジオパーク、日本で言えば「日本ジオパーク」となります。
 そこから、さらに世界ジオパークネットワークに申請して認められると、晴れて「世界ジオパーク」になるという仕組です。
 現在、世界32カ国に111の「世界ジオパーク」があり、日本には、糸魚川、山陰海岸、隠岐諸島、阿蘇山など7カ所が存在します。
 そして予備軍とでもいうべき「日本ジオパーク」には伊豆大島、磐梯山、箱根、佐渡、男鹿半島など29カ所が認定されており、三陸海岸も2013年に「日本ジオパーク」になりました。

 この海岸には海中に奇巌がそびえ立つ北山崎や浄土が浜など48カ所の「ジオサイト」といわれる景勝地があります。
 これらは地上からも見ることが出来ますが、海上から眺めると断崖絶壁に太平洋から荒波が打ち付ける桁違いの迫力ある景観です。
 そんなことを言ってもカヤックなど出来ないという方のためには、2011年の震災後に漁師の人たちが始めた「サッパ船アドベンチャーズ」があります。
 これは近場の漁業に使う、2〜3人も乗れば一杯という小さな船で海上から絶景を案内してくれるツアーです。
 昨年、乗ってみましたが、カヤックでも大変と思うような荒波の中を手慣れた漁師の人が船を操り、断崖に空いた洞窟なども案内してくれるので、ジオパークを体験する絶好の手段です。

 ところで、この海上から海岸を眺めると気になる光景があります。至る所に巨大な防潮堤が建設されているのです。
 数字で言えば、岩手、宮城、福島の1700kmの海岸線の22%に相当する370kmの海岸で巨大な防潮堤の建設が始まっています。
 高い場所では高さ15m以上、低い場所でも6m程度ですから、2階建てから5階建ての建物が海岸に隙間なく建って海を遮ってしまうことになります。
 しかも防潮堤の底辺は高さの2倍にし、頂上部は3mにする設計ですから、高さ10mの防潮堤の底辺は幅が43mになります。

 もちろん、海岸近くに生活している人々の生命や財産を守るということだけを目的とすれば、多少の役には立つかも知れませんが、問題は山積みです。
 まず海の景色が見えなくなってしまいます。
 今回も宮古から津波の被害が巨大であった山田町(やまだまち)、大槌町(おおつちちょう)の方へ海岸沿いの道路を走りました。
 以前は左手に海を眺めながら気持のいいドライブが出来ましたが、現在は城壁の内側を走るような状態になりつつあります。
 さらに高さ10mの防潮堤の底辺が43mになると、砂浜が失われてしまうことになります。
 気仙沼市に道路沿いにある有名な大谷海岸という海水浴場がありますが、ここでは9・8mの防潮堤の建設が始まっています。
 底辺は42mになりますから、海水浴場の砂浜はほとんど消えてしまいます。
 さらに南の方の宮城県岩沼町の海岸には高さ7・2m、底辺の幅32mの防潮堤が真直ぐ30kmも続いている場所も実現しています。

 このような景観や自然環境を失う以上の問題も発生してきます。
 自然は山から里へ、さらに海へ水や空気が流れ、その反対に魚や鳥が遡っていくという循環によって維持されていますが、防潮堤によって、この循環が海岸で遮断されてしまうと、自然は劣化していってしまい、三陸ジオパークも成り立たなくなってしまうことになるのです。
 実際、エジプトのナイル川では河口から800km上流にアスワンハイダムが建設された結果、毎年1回の洪水は阻止されるようになりましたが、下流に肥沃な土が流れなくなるとともに、デルタ地帯の塩分を洗い流す水が到来しなくなった結果、5000年以上維持されてきた農業が壊滅状態になっています。
 三陸海岸に370kmの防潮堤を建設することは、多少は人命や財産を守る効果はあるかも知れませんが、失う物も膨大なのです。

 1933年の昭和三陸津波の後に「田老の万里の長城」といわれる巨大な防潮堤を築いた宮古市田老地区では、破壊された高さ10mの既存の防潮堤を修復するうえ、沖合に高さ15mの防潮堤の建設を始めています。
 その一方で周囲の山を切開いて宅地を造成し、公共住宅を建設するという二重投資をしています。
 高台に移住すれば巨額の防潮堤は作らず、美しい海に面した町を作ることは可能です。
 国土強靭化という技術を過信した政策を見直す必要があると思います。





designed by BIT RANCH / DEGITAL HOLLYWOOD
produced by Y's STAFF
Copyright(c) Tsukio Yoshio All Rights Reserved.