TOPページへ論文ページへ
論文

 東京オリンピック・パラリンピック大会も国立競技場問題、公式エンブレム問題など、いくつも問題が発生していますが、今日は公式エンブレムに関わる盗作について考えてみたいと思います。
 佐野研二郎氏のデザインがベルギーのリエージュ劇場のロゴと似ているかどうかは人によって意見が違いますが、サントリービールの販売促進キャンペーンの賞品のバッグの一部については自身で模倣したことを認めておられていますし、新たに指摘された「おおたBITO太田市美術館図書館」のロゴも微妙な問題です。
 さらにはTBSのキャラクター「ブーブ」まであげつらわれています。

 盗作の歴史は人類の歴史と同じくらい古いという意見もありますが、今回のようなデザイン分野では、戦後、かなり盗作があったと言われています。
 東海大学の加島卓(かしまたかし)准教授の評論によると、1964年の東京オリンピック大会の有名なロゴマークをデザインした戦後の日本のグラフィックデザインの大御所であった亀倉雄策(かめくらゆうさく)氏に、1951年に盗作の疑いが発生したことがあったそうです。
 これは亀倉氏がデザインした雑誌の表紙の「河馬」の絵がスイスの雑誌の表紙の盗作だと、ある美術評論家が朝日新聞で指摘した事件です。
 ところが亀倉氏はなかなか立派で、批評は正しいと認めた上で、雑誌の表紙に河馬を書きたいと考えていたが、戦後の動物園には河馬が居なかったので、写生も出来ないし、写真を探しても見つからない。
 そこへたまたまスイスから届いた雑誌の表紙に河馬が描かれており、締切も迫っていたので、ついついそれを参考に描いてしまったと告白して居られます。
 ただし、その告白にはおまけがあり、河馬の首をスイスの雑誌の河馬と同じ右方向に曲げてしまったのが失敗で、左方向に曲げれば問題なかったと言われたそうです。

 戦後のおおらかな時代を象徴していますが、当時は外国の雑誌を日本で入手するのは困難であったので、外国旅行したときに最新の雑誌を何冊も買って帰り、それらを種本にしたデザインも多かったそうです。
 私が丹下健三先生の研究室に居たとき、丹下先生が新着の外国の建築雑誌を見ながら、今度設計する建物の窓は、この写真の建物の窓を参考にしようと言われたこともありました。

 絵画の分野で明確に盗作と判定された例もあり、有名になったのは、和田義彦という画家が2005年に芸術選奨文部大臣賞に決定したときのことです。
 和田氏の油絵は画商が賞賛するのはともかく、美術評論家や美術館学芸員も賞賛していたのですが、匿名の投書によって、業績とされた絵画は和田氏の知人のイタリア人画家アルベルト・スギ氏の絵画と瓜二つということが判明し、再審査の結果、文化庁が受賞取消とし一件落着となりました。
 和田氏も最初は「スギ氏とは長い付き合いで、イタリアで一緒に習作やデッサンをして影響は受けた」と釈明をしましたが、スギ氏は「和田氏は私のファンだと思っており、画家だと思ったことはない」というすげない返事でした。
 さらに和田氏は「自分の作品はスギ氏へのオマージュ」だと主張しました。

 このオマージュというのは相手を尊敬して似たような作品を作ることを言います。
 これは日本では和歌の世界で「本歌取り」と言われ、有名な作品を下敷きにして新しい歌を作る手法を言います。
 例えば、「古今和歌集」のなかの紀貫之(きのつらゆき)の
 「三輪山を/しかも隠すか/春霞/人に知られぬ/花や咲くらむ」
という和歌がありますが、これは「万葉集」にある額田王(ぬかたのおおきみ)の
 「三輪山を/しかも隠すか/雲だにも/心あらなも/かくそうべしも」
を下敷きにしています。
 これにより、歌の知識がある人は額田王の歌も連想して、紀貫之の歌を深く味合うことができるというわけです。
 この手法については古来、賛否両論がありましたが、藤原定家(ふじわらのさだいえ)が原則を定め、以来、立派な手法と認められています。

 建築の分野にも実例があり、建築家の磯崎新氏が設計した「つくばセンタービル」の広場の模様は、ミケランジェロが設計したローマのカンピドリオ広場の模様を下敷きにしています。
 ただし、カンピドリオ広場は中央が高く周辺に向けて下がっているのに対し、センタービルは中央が低くなっており、中心にあるマルクス・アウレリウスの像の代わりに噴水を置き、また模様の一部を破綻させて独自性を出しています。
 こうなると模倣ではなくオマージュとして通用しますが、重要なことはオマージュとされる対象が有名な作品であることが条件となり、今回の東京大会のエンブレムには通用しない理屈になります。

 芸術だけではなく、学問も一人の人間が創り出す訳ではなく、過去の膨大な蓄積の上に花開いているわけですが、インターネットが状況を激変させました。
 かつての亀倉氏が河馬の写真すら簡単に探し出せなかった時代とは代わり、膨大な画像データベースから、いくつかのキーワードで検索するだけで、必要な資料が一瞬で手に入る時代になると、模倣が容易になる傾向にあります。
 ところが今回の東京五輪大会のエンブレムでは、それに類似した作品があるという発見も、多数の人がインターネットで探し出して暴露する事態にもなっています。攻守双方ともインターネット依存ということになります。
 さらに今後を予想すると、人工知能が新作か盗作かを発見してしまうことも十分にありえます。
 実際、研究分野では最近、論文の不正な引用や盗作が急増していますが、一方で類似した論文を短時間で探し出すコンピュータシステムもあり、人類の歴史とともに始まったとされる創造と模倣の関係は新しい時代に入ってきたのだと思います。
 いっそのこと、今後、芸術分野の当選作を選ぶときにも人工知能を備えたコンピュータに任せれば、少なくとも盗作疑惑は避けることが出来そうです。





designed by BIT RANCH / DEGITAL HOLLYWOOD
produced by Y's STAFF
Copyright(c) Tsukio Yoshio All Rights Reserved.