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論文

 先週末、私が塾長をしている全国に20近くある私塾の年1回の全国大会が高知県の四万十市で開かれ、久しぶりに四万十川流域に行ってきました。
 日本全体の森林面積比率は70%弱ですが、高知県は84%もあり、四万十川の両側も美しい森林です。
 その森林で「自伐型林業」といわれる新しい林業が行なわれている様子を見学してきました。

 その内容をご説明する前に、それが出現してきた背景から御紹介したいと思います。
 しばらく以前から、日本の林業は衰退産業と呼ばれるようになっています。
 数字で見ると、1980年には林業の産出額が1兆円を越えて頂点でしたが、それ以後は減少の一途で、最近では4000億円を少し越える程度になり、しかもかつては80%以上が木材の生産によるものでしたが、最近では半分以上がキノコの栽培など副産物の売上になっています。
 就業者数も80年頃には17万人でしたが、現在では3分の1程度になっていますし、65歳以上の割合が7%から20%程度に増えています。
 その重要な原因の一つは建造物が鉄やコンクリート中心になり、燃料も木材から石油や天然ガスに移行してきたことです。
 1980年の木材消費量を100とすると現在は70程度になっていますし、さらに値段の安い外国産の輸入が急増し、1970年には外国材の割合は50%程度でしたが、最近では70%以上になっています。

 この衰退を加速したのが、林業を復活させようと2009年に林野庁が作成した「森林・林業再生プラン」であるという意見があります。
 これは小さな面積の山林所有者の保有する森林を集約して50ヘクタールから100ヘクタールの大規模な森林にし、1台数千万円もする林業機械を導入し、その大型装置が通れる幅広い林道を整備する大規模集約型林業を目指す方向でした。
 当然、小規模な山林所有者では高価な機械などは買えませんから、森林組合や民間の企業に委託することになり、補助金も山林所有者にではなく、森林組合などに直接支払う「施業委託型林業」が主流になってきました。
 そのため、かつての林業家は森林組合などに仕事を任せる地主の存在になってしまい、十分な収入も無くなって、倒産する有名な山林王まで出現するようになりました。
 委託された業者は効率を上げるために森林は皆伐されて丸裸になり、値段の高い建築用のA材と合板や集成材用のB材のみが利用され、薪にしかならないC材は山に放置されるままになり、環境も劣化していく結果になってきました。

 そこで登場したのが、大規模集約型の反対の小規模分散型の林業で「自伐型林業」といわれる方式です。
 これは山林の所有者や地域の住民が、チェンソーと小型トラック程度の道具で、自分たちで林道の整備から、伐採、搬出までする仕組です。
 経済的にはA材とB材の売上は、かかった経費を差引いて山林の所有者に渡し、C材の売上は所有者以外で作業をした人々に分配される方法で運営されています。

 私の四万十川の友人の子供が、これまでカヌーのガイドをしていましたが、夏の間しか需要は無いし、天候次第な商売なので、数年前から付近の森林を借りて自伐式林業を始めていました。
 本人と東京からIターンで四万十川にやってきた若い女性の2人で作業をしていますが、それまで林業の経験はなく、簡単な講習で基本を覚え、3年前から始めたところ、建築用材の販売と作業用の林道を作るときに支払われる補助金で140万円になり、さらにC材を四万十川の河口にある温泉施設の燃料として販売し、かかった経費を差引いて毎月40万円ほどの収入になるようになりました。

 都会のサラリーマンの感覚では厳しい仕事の割には少ないようですが、農林水産省の「林業経営統計調査」によると、20ヘクタール以上の山林を所有している林業家の2008年の年間の所得は10万円ですし、多かった2003年でも52万円程度でしたから、毎月40万円というのは大変な稼ぎなのです。

 このような仕組を考案して推進しているのが、高知県でNPO法人「土佐の森救援隊」を作った中嶋健造さんです。
 今回、お目にかかって話を聞きましたが、このような方法を推進してきた背景は、地方分権とか地方創生と言いながら、森林面積比率が8割を越える中山間地域の唯一の産業である林業についての有効な政策が無いことの理由を考えたところ、先にご説明した「大規模集約型林業」にあると気付いたことです。
 しかも、この方法は土砂災害や野生動物が人里へ出てくる原因にもなっていると思い、根本から変革する手段として対極の「小規模分散型林業」に到ったというわけです。
 これは私の友人の子供の例でも紹介したように、経済的に成立するだけではなく、大規模林業のように一度皆伐してしまったら、数十年間収入がないのではなく、小規模に間伐していけば長期に収入が得られるし、初期投資もわずかなので、若い人でも参入できる利点があり、山村に若者が戻ってくる契機にもなります。
 さらに作業用の林道の幅も狭いので、土砂崩れの原因にならず、多くの人が頻繁に山に入るので、野生動物が里山に降りて来ないという効果もあるそうです。
 中嶋さんの伝道活動によって全国各地に波及しはじめ、今年4月には高知県出身の中谷元(げん)防衛大臣を会長とする自伐型林業を推進する議員連盟も発足しています。
 東京都知事時代の石原慎太郎さんは、政府の役人が説明に来ると「君達の知っている地域の現実は、この書類の中の数字だけだろう」と叱責しておられましたが、本当の中山間地域の現実を知っている地域の人間の発想が林業を新しい方向に転換しはじめたのだと実感しました。





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