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論文

 安倍内閣の目玉政策である地方創生の一環として、中央省庁の地方移転が検討されています。
 その第一弾として3月中旬に河野太郎大臣が所管する消費者庁の坂東久美子長官を筆頭に9人の職員が1週間程度、徳島県神山町で勤務することが先週、発表されています。
 私も神山町には行ったことがありますが、徳島空港から自動車で1時間近くかかる僻地で、そのような場所で実験をするのは不思議に感じられると思います。
 理由は山間地にあるため、地上デジタル放送が十分に受信できず、その解決策として全戸に毎秒100メガビットの通信が可能な光ファイバーが引かれており、実際、それを利用して、町内にある空家に大都市圏の企業のサテライトオフィスが設立されているという実績があるからです。
 したがって役所も情報通信を利用して遠隔地で仕事をすることは内容によっては可能ということですが、国会議員にテレビ会議で説明をするわけにもいかないし、他省庁と打合せをするような仕事も順調に進むかは疑問です。

 また情報通信を所管している総務省では、職員が自宅にコンピュータを持込んで仕事をするテレワークを推進しており、先週、発表された情報では、昨年の4月から12月まで全職員5000名の4分の1に相当する1270名の職員がテレワークを経験したそうです。
 2012年度の22人、13年度の64人、14年度の348人からは順調に増加していますが、幹部職員は年2回以上、育児や介護が必要な職員は月1回以上という程度ですから、本格的なテレワークには程遠い状態です。

 それでもテレワークが話題になるのには、いくつかの理由があります。
 世界で最初にテレワークを推進したのはアメリカのカリフォルニア州で、1970年代のことですが、当時、石油危機が発生し、それに対処して自動車利用を減らし、ロサンゼルスなどで発生していた大気汚染も減らすという一石二鳥を期待したものでした。
 したがって名称もテレコミュート、通信通勤といわれていました。
 80年代になると、日本でも、マルチメディアと呼ばれた新しい通信技術が話題になり、その応用としてNTTなどがサテライトオフィスという名前のテレワークの実験施設を作る動きがありました。
 さらに80年代後半にはバブル経済によって都心のオフィスビルの賃料が値上がりし、かなりの企業がサテライトオフィスを作りましたが、バブル経済崩壊によってオフィス賃料が低下すると、そのような切実な理由がなくなり、それほど話題にならなくなりました。

 実際、テレワークを導入している企業を調べると、2001年の7・7%から03年には9・4%まで増えましたが、そこから減りはじめ、05年には7・1%になり、テレワーカーといわれる仕事形態をする人も08年頃からは頭打ち状態になっていました。
 ところが、2011年頃から急速に増え、08年には340万人であったテレワーカーが11年には490万人、12年には930万人に急増したのです。
 2011年という数字でお分かりかと思いますが、東日本大震災が発生し、本社機能が一点に集中していると問題が発生するという危機管理の視点から分散する必要性が意識されるようになり、後押しした結果です。
 これはアメリカでも同様で、2001年には16%でしたが、9・11事件が発生して以後、02年には21%、03年には24%と増えています。

 それ以外にも、テレワークを推進するいくつかの理由が挙げられます。
 第一がオフィスの電力消費が減ることです。
 総務省の計算によると、一人が一日、オフィスで仕事をすると、照明、空調、情報機器のために、3・8キロワット時の電力を消費しますが、社員がテレワークをすると電力消費が40%以上減るとされています。
 しかし、その分、家庭では増えていますから、削減率は14%程度ですが、考えようによっては、企業の負担を家庭に転嫁していることにもなります。
 通勤も減りますから、通勤エネルギーも減り、自動車交通が中心の地方都市では往復の平均通勤距離23kmがなくなると、ガソリン2・4リットルが節約されますので、500万人がテレワークをすれば、1日1万2000キロリットル、年間260万キロリットルが節約されることになります。
 これは旅客輸送のガソリン消費の5%に相当しますから無視できません。

 さらに文書を通信で送るので事務用紙の消費も減るとされています。
 実際、ある企業で16名がテレワークをする前と後で2ヶ月間の紙の使用量を調べてみたところ、4万7000枚から3万8000枚と、9000枚減ったそうです。

 このような利点があり、情報通信の速度も急速に速くなっていますから、テレワークは進むかと思われますが、意外なことに、東日本大震災の翌年の2012年に930万人まで増えたテレワーカーが13年には720万人、14年には550万人と急速に減少してしまいました。
 この原因は明確には分かりませんが、日本人は組織への帰属意識が強く、少人数が離れて仕事をすると島流しのような気持になり、歓迎されないのではないかと思います。
 一見、ドライに働いているように思えるアメリカでも、2008年の4800万人(34%)から10年には2700万人(19%)に減っており、やはり一緒に働きたいということかも知れません。
 1990年代にNTTがサテライトオフィスを作ったときには、本社の自分の所属する職場の室内の光景をリアルタイムで大型映像装置に映し、その問題を解決していました。
 現在、政府ではテレワークの推進により、情報機器などの市場規模は1兆円を突破するというような経済の視点からの見通しを強調していますが、やはり働く人の心情を反映した勤務形態を社会全体で求めていくべきだと思います。





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