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論文

 先月末の10月30日に、アメリカのニューヨーク市の市議会が2022年から市内のレストランで強制的にエサを与えて育てたカモやガチョウのフォアグラの料理を提供することを禁止し、違反した場合には最高で2000ドル(22万円)の罰金を課すという条例を可決しました。
 カリフォルニア州ではすでに8年前の2012年から州の法律で禁止していましたから、アメリカで最初というわけではありませんが、ミシェランの星を獲得しているレストランが76店もあるニューヨーク市では大騒ぎになっています。
 フォアグラはフランス語で「肥大した肝臓」という意味で、ガチョウやカモの肝臓を人為的に肥大させた食材ですが、今回禁止されたのはガチョウやカモの喉からパイプを差し込んでエサを流し込み、無理やり肝臓を肥大させる方法で採取された肝臓を対象にしています。

 これは動物愛護団体からの批判が高まったことを反映した措置ですが、なかなか複雑な問題を抱えています。
 第一にフォアグラは長い歴史のある食材だということです。
 最初にフォアグラが食材になったのは5000年近く前の古代エジプトとされています。
 ナイル川のデルタ地帯に渡ってくるガチョウは、これからの長い渡りに備えて多くの食べ物を食べて肝臓を肥大させていました。
 そのガチョウを捕まえたエジプト人が肝臓の大きさに驚くとともに味がいいので、意図的にガチョウを肥大させたのがフォアグラの最初です。
 さらに2000年前の古代ローマではフォアグラは高級食材として珍重され、フランスでも18世紀の革命前までは貴族の食卓に欠かせない食材となりました。その結果、フランス製のフォアグラが世界に流通するようになり、現在では世界の生産量の75%がフランス製になっています。

 第二に、食事は地域や民族によって様々で、西洋のキリスト教的な倫理観だけで善悪が決まるものではないということです。
 ドイツ文学者の竹山道雄さんの随筆の中に興味ある話が紹介されています。
 50年以上前に読んだ内容なので細部は間違っているかもしれませんが、竹山さんが戦前にドイツへ留学していた時、下宿していた家庭で夕食をしている時、日本の焼鳥の話をしたら、その家庭の夫人が「あんな可愛い小鳥を食べるなんて日本人は野蛮ね」と言われたそうですが、その夫人の皿の上に乗っていた料理はヒツジの脳味噌だったというエピソードです。
 「所変われば品変わる」の言葉通りですが、このような矛盾は挙げればいくらでもあります。

 一般的に紹介するのでは知恵がありませんので、私が世界で経験した珍しい食材の話を紹介させていただきたいと思います。   
 大学や役所を辞めてから6年間ほど、世界の先住民族を訪ねるテレビジョン番組を制作してきました。
 森本さんと遠藤さんにもナレーションをお願いした番組ですが、その中で普通に表現すれば様々なゲテモノを味わってきました。
 まず比較的穏やかな料理から紹介しますと、南米大陸のアンデス山脈の高地に生活するケチュア族の最高の料理「ネズミの丸焼き」です。
 現地では「クイ」という名前のモルモットの原種、日本ではテンジクネズミと言われる動物です。
 標高3000メートルから4000メートルの高地に生活する農家では土間でクイを放し飼いにしています。
 貴重な食材なので日常に食べることはなく、お祝いの時やお客がきた時だけ食べています。
 我々の撮影のために、わざわざ調理をしてくれましたが、土間を這っているクイを農家の主婦が手で捕まえて首を締めて殺し、熱湯に入れて毛を取り除き、内臓も取り除いて頭からお尻まで串を通し、カマドの火で2時間以上かけて丸焼きにして出来上がります。
 頭がついたままで、その頭が一番美味しいということで、私の皿におかれました。テレビカメラで撮影しているので、美味しそうに食べましたが、頭はともかく、肉は北京ダックと区別がつかないほどの美味でした。

 カナダの北極圏に生活する先住民族イヌイットのアザラシ漁に参加した時も貴重な経験をしました。
 ポンドインレットという人口2000人くらいの町から小型モーターボートで4時間ほど行った場所にテントを張って宿泊したのですが、9月中旬でも夜間は零下20度くらいで凍えそうになりながら翌朝、アザラシ漁について行きました。
 海岸に腹ばいになって100メートル以上の先の海上にアザラシが息継ぎのために頭を出した一瞬を狙って撃つのですが、スコープも付いていない旧式の銃で見事に命中でした。
 これまで「ゴルゴ13」の射撃の腕前は劇画の中での大袈裟な話と思っていましたが、それ以上の腕前でした。
 仕留めたアザラシを海岸ですぐに食べるのですが、かつてイヌイットはエスキモーと呼ばれていましたが、これは「生肉を食べる人」という意味で、まさにその通りにナイフで切り取りながらそのまま食べ始めるのです。
 聞くと、最も美味しいところから食べるそうで、まず目玉です。これはナイフで目玉を切って眼球内の液体を飲みます。次は脳味噌で頭蓋骨を割って食べます。3番目が小腸ですが、これまで訪ねた先住民族はすべて動物の小腸を食べますが、内部の消化物を絞り出して水を通して火で炙って食べるのですが、イヌイットはそのまま丸かじりでした。
 理由はアザラシが海藻を食べているので、小腸の内部は緑色の海藻が詰まっており、地上が氷と岩だけの極地では貴重なビタミンCの供給源だというわけです。
 さすがに、これは辞退させてもらいましたが、笑ってしまったのは最後に残った肉は不味いからイヌの餌にするということでした。

 日本でも福岡の春の名物「シロウオの踊り食い」や様々な昆虫を食べてきましたが、それを一つの価値観で残酷だとかゲテモノだというのは適切ではないと思います。
 重要なことは「いただきます」という言葉が象徴するように、生命をいただくという感謝の気持ちを持って食べることだと思います。





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