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論文

 今年の3月から4月にかけて、福岡、大阪、名古屋、札幌、東京という5都市で「初音ミクEXPO2016」というコンサートが開かれました。
 会場には行かず、テレビジョンの中継を見ましたが、多数の観客がペンライトを振って熱狂するコンサートでした。
 ところが舞台には楽器の演奏者は居ますが、初音ミクという歌手は登場しません。
 初音ミクを御存知の方には余計な説明ですが、初音ミクというのは人間の歌手ではなく、歌はコンピュータが作曲して音声合成で歌い、姿は舞台に設置された透明スクリーンに背後から多数のプロジェクターによる投影で浮かび上がらせるバーチャル歌手です。

 これがどのくらいの人気かというと、昨年9月に国内で開催されたコンサートの入場者数の順位がありますが、「嵐」や「ミスターチルドレン」の7万3000人には及びませんが、全体の20位で5300人を集めています。
 国内だけではなく、海外でも人気で、先週の土曜日の23日にはアメリカのシアトルで同様のコンサートが開かれ、以後、ニューヨーク、カナダのトロント、メキシコシティなど10都市でツアー演奏会をすることになっており、4000人から6000人規模の会場で開かれることになっています。

 これはヤマハが2000年から研究し、2003年に発表した「ヴォーカロイド」という、人間の歌手の音声を音節ごとに収集しておき、歌詞とメロディーを入力すると、歌声が再生される音声合成技術を基礎にしています。
 この技術を利用してクリプトン・フューチャー・メディアが、床まで届くような長い緑色の髪の毛をもった若い女性をデザインして「初音ミク」と命名し、そのための音源を制作しました。
 このキャラクターが透明スクリーンに大写しされ、歌うのが初音ミクのコンサートです。

 このようなコンピュータ技術を駆使して作曲させようという発想の原点は18世紀後半からヨーロッパに出現しています。
 これは「音楽のサイコロ遊び」と呼ばれ、2個のサイコロを振って次々と音を決めて行くという仕組で、モーツアルトの作品も残っています。
 この技法をコンピュータで本格的に実行したのが1957年に発表された「イリアック組曲」です。
 当時、アメリカのイリノイ大学には「イリアック1」という高性能の大型コンピュータがあり、2人の研究者がマルコフ過程を応用した弦楽四重奏曲を作曲したのが最初とされています。
 マルコフ過程というのは、ある音の次に、様々な音が続く確率を既存の音楽から計算しておき、コンピュータが発生させる乱数をその比率に合わせて、次々と音を決定していく考え方です。
 これを聴いてみると、何となくシェンベルクやバルトークの音楽という気がしないでもありません。

 初音ミクのようにコンピュータ操作によって歌を歌った最初は1961年のことです。
 ベル研究所の2人の研究者がIBM7094というコンピュータで「デイジー・ベル」という歌を演奏したのです。
 これは1968年のスタンリー・キューブリック監督の名作「2001年宇宙の旅」で宇宙船のコンピュータ「HAL9000」が船長によって停止させられる直前に歌う歌として登場しますし、現在、アップルの「アイフォン4S」搭載の「Siri」という翻訳ソフトウェアに「歌って」と司令すると、口ずさんでくれます。

 人工知能は囲碁で人間以上の能力を発揮するとか、いずれ東京大学の入学試験に合格するとか、自動車を自在に運転するとか、論理的な面では人間を上回りつつありますが、情緒的な面ではまだまだと思われてきました。
 実際、昨年12月に野村総合研究所が発表した2030年に情報技術によって置き換えられる職業と置き換えられない職業の一覧を見ると、置き換えられない職業には作曲家、声楽家、映画監督、漫画家、工業デザイナーなど芸術関係が挙げられています。

 しかし、作曲家や声楽家はすでに人工知能が実現していますし、小説家も今年3月に発表された空想科学小説の「日経・星新一賞」では、人工知能研究者が作る「きまぐれ人工知能プロジェクト・作家ですのよ」や東京大学准教授などで構成する「人狼知能プロジェクト」が応募した4作品のうち、一部は一次審査を通過する水準に達しており、プロのSF作家が100点満点で60点程度と評価しているほどです。
 絵画についても、グーグルが写真を参考にして絵を描かせたところ、独創的な絵を次々と描きはじめています。

 以前にも御紹介しましたが、一部の科学者が2045年問題という名前で、2045年には、人工知能が人類全体の知能を上回るという予測も発表しています。
 改めて、人間の能力とは何か、創造するということはどういうことかなどを真剣に考える時代に直面していると思います。





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