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論文

 2013年からフィリピンが南シナ海についての中国の権利の主張について常設仲裁裁判所に提訴していましたが、2日前の12日に判決が発表されました。
 フィリピンの主張を全面的に支持し、中国の主張する権利を否定した内容ですが、7月5日に中国の元副首相に相当する人物がアメリカのワシントンで講演し、いずれ発表される判決は「重大な結果ではない。あれは紙屑だ」と豪語しているように、中国は反論し無視する構えです。
 したがって、現在の中国の違法行為が簡単に止むということは期待できず、依然として実力行使が続くかも知れません。
 そうなるとフィリッピン、インドネシア、ベトナムなど周辺国はアメリカが中国を牽制することに期待せざるをえないのですが、厄介な問題があります。

 この裁判は中国の主張が国際連合海洋法条約(海洋法に関する国際連合条約)に違反しているかどうかを判断するものですが、肝心のアメリカが、この条約を批准していないという問題があるのです。
 この法律は1994年に発効した条約で、165の国と地域、そして欧州連合(EU)が批准していますが、トルコ、ペルー、ベネズエラ、そしてアメリカが批准していません。
 アメリカは中国が埋立てた珊瑚礁の周囲を領海と主張していることを認めず、沿岸国の平和、秩序、安全を害さなければ事前通告なしに通航できるという無害通航権を根拠にして軍艦を通航させる「航行の自由作戦」を実施していますが、自国は批准していない法律を根拠にしていることになります。
 アメリカの政府当局者は海洋法条約の諸規定を支持しているから批准していなくても問題ないと主張していますが、やや無理があります。

 このような例はいくつもあります。
 1920年に国際連盟が発足します。これは第一次世界大戦が勃発したことを契機に、そのような悲劇を再発させない目的で、アメリカのウィルソン大統領が呼掛けて設立された組織で、日本も含めて42カ国で発足しましたが、言い出したアメリカは国内の反対などがあり、加盟しませんでした。
 この組織からは日本も脱退していることは御存知だと思います。
 1931年の日本の関東軍が起こした満州事変に対して、中華民国が国際連盟に提訴し、調査団が派遣されて翌年、報告書が発表され、日本の侵略行為であると認定されました。
 1933年の国際連盟総会で、シャム(タイ)が棄権した以外、日本を除く42カ国が報告書の採択に賛成したため、松岡洋右代表が会場から引き上げ、国際連盟を脱退しているという因縁の組織です。 

 最近の有名な例は1997年に京都で開催された第三回気候変動枠組条約締約国会議(COP3)で採択された「気候変動枠組条約に関する議定書(通称は京都議定書)」です。
 各国の二酸化炭素の排出量を削減する比率を決めるという利害が関係するので、まとまりそうに無かったのですが、途中からアメリカのゴア副大統領が乗込んできて強引に調停し、84カ国が署名して成立しました。
 ところがアメリカはブッシュ大統領の時代になり、京都議定書を批准しないと表明し、84カ国の中で1国だけ離脱してしまいました。
 これは重大な問題で、条約が署名された1997年当時、世界各国の二酸化炭素排出の割合は1位がアメリカで24%、2位が中国で14%、3位がロシアで6%、4位が日本で5%でしたが、中国は削減が義務とされませんし、ロシアはそれまでに削減努力をしていない状態でしたので、容易に目標が達成でき、日本だけが厳しい条件になってしまうということになりました。
 アメリカが離脱したのは、排出比率の大きい中国やインドが途上国に分類されて削減義務を負わないという理由もありますが、アメリカのエネルギー産業界に損失をもたらすという自国の事情を優先した結果とされています。

 さらにこれからアメリカが離脱する可能性があるのが、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)です。
 最初はチリ、ニュージーランド、シンガポール、ブルネイの4カ国によって策定された「経済連携協定」でしたが、オバマ大統領が拡大を目指し、アメリカやオーストラリアが参加した9カ国に拡大し、さらにメキシコ、カナダ、日本が参加して12カ国になって、今年の2月に署名されました。
 日本が参加してからだけでも2年以上の熾烈な交渉によって成立したのですが、アメリカで大統領選挙が始まると、サンダース候補もトランプ候補も反対を表明し、オバマ政権の国務長官であったクリントン候補まで否定的な意見を表明しており、だれが大統領になってもアメリカは批准しそうにないし、アメリカが参加しなければ意味のない協定になってしまします。

 これ以外にも、国際連合児童基金(ユニセフ)が策定して1990年に発効している「子供の権利条約」も、世界の193の国と地域が正式に締約していますが、アメリカ、ソマリア、南スーダンは締結していません。
 国際連合の教育科学文化機関(ユネスコ)も1946年に設立された古くからある国際機関ですが、会計の不透明さや政治的な活動をしすぎるということで、1980年代にアメリカ、イギリス、シンガポールが相次いで脱退し、後で復帰はしましたが、アメリカのみは分担金の支払を停止しています。

 このような行動は、アメリカはヨーロッパに干渉しないが、ヨーロッパもアメリカに干渉してほしくないという、1823年のモンロー大統領が提唱したモンロー主義に遠因がありますが、アメリカが主導権をもって提案して成立させた国際制度などを自国に不利だと分かると脱退してしまうというご都合主義の国だということにもなります。
 日本は約束を守るということについては律儀な国であると同時に、明治時代に遅れて国際社会に参加したという事情もあり、国際とか世界という名前が上に付いていると、尊重しすぎるきらいがあります。
 たとえば、京都議定書についても、アメリカだけではなく、カナダも2011年に脱退し、日本だけが律儀に目標を達成するために排出権取引で権利を購入してまで義務を果たしました。
 狡賢く振る舞えということではありませんが、世界各国は自国を有利にするために智恵を絞って国際交渉をしていますので、日本も国際や世界と付く活動を盲目的に信用しないという思考も必要だと思います。





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