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論文

 ここしばらく政治的な話題が多かったので、久しぶりに技術開発の話題を紹介したいと思います。
 キーワードは「非可食性バイオマス」です。
 「バイオマス」は原材料として利用される植物などの生物材料のことですが、食べることの出来るという「可食」の頭に「非」を付けた、人間が食用にしない植物材料という意味です。
 最近、この非可食性バイオマスを原料として化学素材を製造する技術が注目されているのです。
 これまでも「バイオプラスチック」と言われる材料はあります。
 石油ではなく、植物を原料とするプラスチックですが、その原料はトウモロコシやサトウキビや大豆など人間や家畜が食べることのできる植物でした。
 例えば食材などを販売するときの透明なプラスチックのケースがありますが、これは「ポリ乳酸」という、トウモロコシやサトウキビの澱粉を主要な原料とする材料ですし、生ゴミの回収袋に使われている「ポリブチレンサクシネート」も植物を原料としています。

 これらは利点があります。
 最近、石油を原料とするペットボトルなどが川に捨てられて海に流れ込むと、紫外線などで分解されて直径5ミリ以下のマイクロプラスチックと呼ばれる微小なゴミとなり、それを魚が食べ、それを鳥が食べると生態系に問題が発生すると心配されるようになっています。
 実際、東京湾のイワシの76%から体内にマイクロプラスチックが見つかっているという調査結果もあります。
 しかし、バイオプラスチックの一部は生分解性という性質があり、土中や水中の微生物が水と二酸化炭素に分解してしまうので、このような問題が発生しません。
 しかし、問題はトウモロコシやサトウキビなど人間の食料や家畜の飼料となる作物を大量にプラスチックの材料にすると、そちらが不足することになりかねませんし、そもそも食用になる植物は化学肥料や殺虫剤など石油製品を使って育てているという問題もあります。

 そこで非可食性、つまり人間や家畜が食べない自生しているバイオマスを素材にするのであれば問題はないだろうということです。
 さらなる利点は、現在、日本で使用されている石油の23%は化学製品の原料として使われていますが、これは国内に資源が存在しないだけではなく、いずれ涸渇するし、使い終わって燃やしたりすると二酸化炭素を排出するので、地球温暖化にも影響します。
 植物であれば太陽光と水があれば、次々と生育しますから資源の涸渇は心配ありません。
 しかし、先程、生分解性プラスチックであっても、微生物によって水と二酸化炭素になると説明したではないかと疑問に思われると思います。

 そこでもう一つのキーワードが「カーボンニュートラル」です。
 植物の身体を作っている炭素は空気中の二酸化炭素を光合成によって固定したものですから、それを燃やしたり腐らせたりして出てくる二酸化炭素は、もともと大気中に存在していたものを循環しただけで総量は増えないというわけです。
 アメリカでは2002年頃から、ヨーロッパも2008年頃から本格的に研究を開始していますが、日本も数年前から大規模な研究を始めました。
 日本が中心に取組んでいる主要な材料は木質系バイオマスといわれる木材を対象にした「非可食性バイオマス」です。
 やや専門的になりますが、木材の主要成分は「リグニン」「セルロース」「ヘミセルロース」の3種類ですが、実は製紙会社は木材から紙の原料となるパルプを作る過程で、3種類の主要成分を分離抽出する技術を持っていますので、そこで製造された3種類の成分を供給してもらい、製品に加工していくという構想です。

 その中でも様々な用途に利用されることが期待されているのが、セルロースを加工した「CNF(セルロース・ナノ・ファイバー)で、軽くて強い、熱による寸法の変化が少ない、空気を通しにくいなどの特徴がありまる。
 まだ試作の段階ですが、自動車のボンネットやドアパネル、家庭電化製品の外板、空調機のフィルター、化粧品の材料などに使われはじめています。
 また、木材ではありませんが、「杜仲茶」というお茶の原料である「トチュウ」という灌木の種子の皮から抽出される「バイオトランスポリイソプレン」という材料は衝撃に耐える力が強く、ゴルフボールなどの材料にもなっています。

 これは日本にとっても重要な技術です。
 日本は国土面積の7割弱が森林という、世界有数の森林大国ですが、林業は木材だけで計算すると、1980年には1兆円産業でしたが、最近では2000億円程度と5分の1になるといういう衰退産業です。
 需要も減少し、1990年代には1億1000万立法メートル規模でしたが、最近では7000万立法メートルと3分の2になっています。
 人口増加がなくなり、住宅の建設が増えず、しかも木造住宅の比率が下がっていることが影響していますが、世界の先進諸国では森林資源の2%程度を毎年伐採していますが、日本は0.5%程度でOECD加盟国で最低になっています。
 その結果、日本の森林面積は過去50年間ほぼ一定ですが、樹木が成長して行きますので、森林蓄積量は2.6倍にも増えています。
 これは素晴らしいことのようですが、天然林は別にして人工林は間伐したり下草刈りをしたりして手を加えて行かないと荒廃しますので、重大な問題になっています。
 そういう視点からも、非可食性バイオマスの利用は石油や石炭などの鉱物資源のない日本にとって、重要な技術になると思います。





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