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論文

 「ポケモンGO」はアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドに遅れること2週間で日本でも提供されましたが、予想通りの大流行です。
 その熱中が引き起こしている交通事故、立入り禁止区域への侵入などの問題は紹介されていますので、このような技術が登場した背景と、今後の役割について説明したいと思います。

 このゲームの基礎となっている技術は「仮想現実(ヴァーチャル・リアリティ:VR)」といわれる情報技術です。
 情報技術を駆使して現実には存在しない「仮想」の環境をコンピュータ内部に作り、それが「現実」に存在するような感覚を人間に与える技術です。
 空想科学小説の世界は別にして、現実の技術として開発したのは、すでに半世紀前の1968年、アメリカの天才技術者アイバン・サザーランドでした。
 余談ですが、サザーランドがどのくらい能力があったかを示すエピソードがあります。
 1957年にソビエトがスプートニク1号を打上げて、アメリカは技術力の遅れに愕然とし、国防総省の研究部門として情報処理技術研究部を1962年に設置します。
 その初代部長にはMITのリックライダー教授が就任しますが、2年後に退任するに当たり、後任に、当時、大学院生であったサザーランドを推薦します。
 いくら実力主義のアメリカでも、26歳の大学院生を巨額の研究予算を配分する役目に就けるのには躊躇しましたが、リックライダー教授の推薦ならいいだろうということで任命しました。
 彼は研究管理にも能力を発揮し、アメリカ全土の優秀な研究者を見極めて研究費を配分し、その成果でアメリカの情報技術は急速に進歩したのです。

 そこを退任したサザーランドが大学に戻って開発したのが「究極のディスプレイ」と名付けた世界最初の仮想現実装置でした。
 これは2個のブラウン管を取付けたヘルメットで、コンピュータからブラウン管に立体に見えるような画像を送り、それを被って動くとセンサーが察知して画像を変化させるという装置でした。
 しかし、天井から金属棒で吊るさないと使えないほど重くて普及しませんでしたが、80年代になってアメリカ空軍が開発した技術を民間企業が転用して軽量のディスプレイ装置を発売しました。
 これは数百万円もする高価な装置でしたが、研究所などでは利用できるということで世界中に仮想現実ブームが発生しました。
 私も大学で建築設計に応用する研究をしていましたが、企業でも実用になる開発が行なわれました。
 例えば、都市開発をするときに、どのような景観になるかは重要な課題で、それまでは模型を作って眺めるか、CGでアニメーションを作って確かめるというのが一般の方法でしたが、仮想現実を応用すれば、ヘルメットを被って歩き回るとディスプレイに風景が現れて景観を確認できるというように使われていました。

 さらに技術が進歩して、コンピュータもディスプレイ装置も安価になって登場してきたのが、ポケモンGOに利用されている「拡張現実(オーグメンテッド・リアリティ(AR))」といわれる技術です。
 仮想現実はコンピュータが創り出した画像を眺めるだけですが、拡張現実は実際の風景とコンピュータが作った画像を一体にして眺める技術です。
 一例として家具会社のイケアは、購入する家具を置きたい自宅の部屋の写真に家具を合成して、どのような雰囲気になるかを表示するサービスを提供していますし、星座表というアプリケーションでは、夜空にスマートフォンを向けるだけで星空が画面に表示され、ハクチョウやサソリなど星座の絵も表示されます。

 「ポケモンGO」もスマートフォンのカメラを向けた特定の場所の風景にポケモンが登場するという拡張現実ですが、これには日本で開発された前例があります。
 頓智ドットという会社が2009年から提供していた「セカイカメラ」というアプリケーションです。
 これは目の前の景色にスマートフォンのカメラを向けると、その景色の中にある建物や商店の名前、関連する写真などが同時に表示されるサービスです。
 残念ながら2014年にサービスは終わってしまいましたが、その名前や写真の代わりにポケモンが飛出すのが「ポケモンGO」です。

 これは報道されているような社会問題を起こし、出雲大社が境内での利用を禁止するなどの例がある一方、日本マクドナルドが日本国内の約2900の店舗をアイテムが入手できるポケストップにして集客に利用するとか、鳥取県が鳥取砂丘を広大なポケストップにして観光客誘致に利用するというような前向きの例もあり、経済効果も期待されています。

 さらに、もう一つ期待されている役割があります。
 22日に麻生財務大臣が「外国では、精神科医が対処できなかった引きこもりの人がポケモンGOをするために外に出てくるようになった例がある」と言っておられるように、「ウシに引かれて善光寺参り」のように、人々を外に引っぱり出して歩かせる効果が期待されています。

 このシステムを開発したナイアンテックのジョン・ハンケCEOも日本経済新聞のインタビューで、開発した目的は「現代社会の人間は家の中に閉じこもってコンピュータの画面を見て内向きに暮らすようになり、地域社会が維持されないし、人気のない公園や広場が増えているという問題を解決する一助になることを期待している」と話しています。
 さらにアメリカでは大人の3分の1以上が歩かないために肥満になっているという現状や、病院に入院している子供たちがベッドでゲームばかりをして部屋から出ない傾向を是正することも期待されています。
 日本にとっては、鳥取県が実行しているように地域再生の手段にもなりますし、あまり出歩かなくなる高齢者が使うことによって、健康を維持するとか、情報機器の使用に慣れるというようなことも期待されます。
 ポケモノミクスという経済効果だけではなく、地域格差問題や高齢社会問題の解決手段となり、日本で作られたキャラクターが国内だけではなく世界の社会を活発にすることに貢献すれば素晴らしいことだと思います。





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