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論文

 今日は1309年前の708年に日本で最初の貨幣とされる銀で製造した「和同開珎(わどうかいちん)」が発行された日とされています。
 念のため、銅で製造された「和同開珎」の流通開始は8月29日です。
 しかし、25年前の683年から国家発行の「富本銭(ふほんせん)」と呼ばれる銅で製造した通貨が流通していたという説があります。
 これは江戸時代の書物にも記載されていますし、1969年に平城京跡で、1991年には藤原京跡で発見されていましたが、当時、実際に使用されていたかについては疑問とする意見もありました。
 ところが1999年に飛鳥京跡から鋳型などとともに33枚がまとめて発見され、現在では日本最古の通貨という説が有力になっています。

 通貨というのは、物々交換の不便さを解消する目的と、国家が自国の経済を管理する目的で発行され、世界最古とされる通貨は4500年前にメソポタミア地方に記録のみ残っており、実物が発見されているものでは2700年ほど前に、現在のトルコの一部に存在したリディア王国で発行された金と銀の合金で作られたエレクトラム硬貨があり、人間の交易活動の発展とともに古くから使用されたことになります。

 最初、貨幣の素材は貴金属でしたが、重くて持ち運びに不便、使用していくうちに磨耗していくという理由で、革や紙が使われるようになります。
 それでも初期は兌換(だかん)紙幣と言って、発行した紙幣の価値に等しい金などとの交換を国家が保証していましたが、国家財政が逼迫してくると十分な貴金属を備蓄できないので、世界の国々で兌換を保証しない不換紙幣に移行し、最後まで兌換紙幣を維持していたアメリカも1971年にドルと金の交換を停止、1978年に金本位制を廃止し、世界の主要な通貨は不換紙幣になりました。

 ところで、紙幣には偽札が必ず登場します。
 これは国家の経済体制だけではなく外国からの信頼も揺るがす事態ですから、厳重に対応することが要求されます。
 ヨーロッパから北米大陸への移民が始まった1690年に、東海岸に設立された植民地政府が紙幣を発行しますが、すぐに偽札が登場しました。
 そこで偽造した人間は耳切の刑や絞首刑にし、紙幣自体に「紙幣偽造は死刑」と印刷されていたそうです。
 日本では通貨の偽造・変造や使用などは、刑法で「無期または3年以上の懲役」と決められていますが、殺人の処罰が「死刑または無期もしくは3年以上の懲役」ですから、いかに重罪と見なされているかが判ります。

 通貨の発行が国家にとって、いかに重要かを象徴する事例があります。
 1929年から始まった世界大恐慌がヨーロッパにまで波及した時期に、オーストリアの人口4300人のヴェルグルという田舎町で、1932年に町長が現在では地域通貨と言われる「労働証明書」を発行したことがあります。ヴェルグルでしか通用しない通貨です。
 町が借金をして失業対策として公共事業を実施し、そこで働いた町民に労働証明書という町が発行した紙幣で支払いました。
 これは毎月、額面の1%ずつ価値が減っていく仕組みの通貨であったため、受け取った町民は早く使わないと損をすると考え、国の発行する通貨シリングを使用するよりも、受け取った労働証明書を税金の支払いや買物に使ったため景気が良くなり、完全雇用を実現するまでになりました。
 翌年になると、ヨーロッパの200以上の都市が真似しようと検討し、大恐慌の元凶であるアメリカからも調査団が来て、アメリカの自治体も導入しようとするようになったのです。
 ところが、オーストリア政府は国家の専権事項である通貨発行を自治体が勝手に行ったことは違法として、功績のあった町長を国家反逆罪で訴え、労働証明書も発行から13ヶ月で禁止ということになってしまいました。
 いかに通貨の発行を国が重要と考えているかを象徴しています。

 しかし、偽札が発見された時に厳重に罰する以前に、偽造されにくい通貨を供給することも国家として重要な仕事です。
 あるウェブサイトに、偽造されにくい通貨の順番が掲載されています。
 1位はスイスのフランですが、2位が日本の円になっています。
 日本は買物などの支払いを小切手やクレジットカードではなく現金でする比率が高いので、様々な工夫がしてあり、日本の紙幣が世界有数の偽造しにくい通貨と評価されるとともに、偽札の出現比率も世界では極めて低い国になっています。
 世界的に考えれば、円の偽札を作るよりは、ドルの偽札を作る方が使いでがあるからということかもしれません(笑)。

 その努力を示す一例が紙幣に登場する人物の選定です。
 千円札の肖像は野口英世ですが、世界に知られた学者という理由は当然として、シワやヒゲがあることが重要な条件になったそうです。
 シワやヒゲを微細に印刷すると、複写した時などに潰れてしまうので偽造防止になるということで、明治以来の紙幣に登場した18人のうち、ヒゲのないのは
神功皇后(じんぐうこうごう)、日本武尊(やまとたける)、二宮尊徳、岩倉具視、福沢諭吉、紫式部、樋口一葉の7人だけで、11人はヒゲのある人が選ばれています。
 もう一つ、最初の10円札の神功皇后以来、女性は小さく扱われている紫式部を除けば、2004年から五千円札に使用されている樋口一葉だけです。
 女性の場合、シワを入れにくいので敬遠されていたのですが、防止技術が発達したので顔にシワを入れなくても大丈夫になり選ばれたと言われています。

 もう一つ、日本が誇るべきことは偽札鑑別機の技術が進んでいることです。
 東京の台東区に本社を置く松村エンジニアリングという会社が製造している偽札鑑別機は世界最高の性能を持っており、北朝鮮が偽造した「スーパーK」というアメリカの100ドル札を見破って有名になり、その後も「スーパーM」「スーパーX」などの偽札も次々と発見しています。
 日本ではあまり知られていませんが、2004年10月16日の『ニューズウィーク』には「世界が尊敬する日本人100人」に発明者の松村喜秀(よしひで)さんが選ばれているほど世界では有名人です。

 これから東京五輪大会に向けて外国からの観光客が年間4000万人になる時代には、偽札が持ち込まれる機会も増えると予想されますが、このような優れた技術を過信するのではなく、国民が通貨偽造は重罪だと意識することも必要だと思います。





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