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論文

 6月1日にトランプ大統領は、地球温暖化対策の国際的枠組みである「パリ協定」からアメリカは離脱すると発表しました。
 今月7日と8日にハンブルクで開かれたG20サミットでは、アメリカ以外の19カ国がトランプ大統領を説得しましたが、意見は変わりませんでした。
 その影響かもしれませんが、先週末にフランスを訪問してマクロン大統領と会談したトランプ大統領は、記者会見で「パリ協定については何かが起こる可能性があり、事態を見守ろう。何かが起これば素晴らしいし、そうでなくてもまあ問題はない」という意味不明な意見を表明しました。

 二酸化炭素排出量が世界2位のアメリカの離脱によって、温暖化がどの程度加速するかは明らかではありませんが、進んでいくことは確実だと思います。
 その影響は海面が上昇して島国が水没する、多数の生物が絶滅する、洪水の被害が増大する、感染症の発生範囲が拡大するなど、数多く予想されていますが、意外な影響が発生することもあります。

 先週末、アメリカのコロンビア大学、アメリカ航空宇宙局(NASA)などが、温暖化が進むと飛行機の離発着に問題が発生するという論文を発表しました。
 空気が温かくなると、飛行機は従来よりも積載量を軽くし、滑走距離を長くしないと離陸できなくなるという内容です。
 理科の授業で習ったボイル=シャルルの法則が示すように、空気のような気体には、圧力が一定であれば気温の上昇に比例して体積が増加するという性質があります。
 表現を変えれば、軽くなるということで、例えば20℃の時と40℃の時を比較すると、40℃の時の方が6.4%ほど軽くなりますので、浮力はそれに比例して減りますが、それだけではありません。
 飛行機は滑走すると翼の上と下で圧力に差ができ、揚力という浮き上がる力が発生して離陸するのですが、空気が軽くなると、同じ速度で滑走しても揚力が小さくなってしまいます。
 そこで旅客や貨物を数%減らすか、滑走路を長くするという対策が必要になるという訳です。例えば500人乗りの大型旅客機であれば、20人程度は減らさなければ離陸できないということです。

 実際、中近東などの熱い地域や南米の標高の高い地域の空港では、燃料を大量に積載する長距離便は出発時間を夕方以降の涼しい時間に移していますし、アメリカのアリゾナ州フェニックスは6月の最高気温の平均が40℃という都市ですが、6月だけで40便以上が欠航しています。
 2013年に発表された論文では、温暖化によって高度1万メートル付近を流れるジェット気流が強くなって乱気流が発生しやすくなり、2050年には機内を歩くのが困難になるほど揺れる機会が現在の2倍になると予想しています。

 この風が吹けば桶屋が儲かるというような影響は色々と予想されています。
 一例がユネスコの世界自然遺産が消滅するということです。
 日本では60年から80年後には秋田と青森にまたがって存在する世界自然遺産「白神山地」の登録が抹消される危機が心配されています。
 白神山地はブナの天然林が世界有数の規模で存在することが登録理由です。
 このブナが生育するためには一定の温度範囲であることが必要で、暑すぎても寒すぎても生育できません。
 現在では北陸地方から東北地方の日本海側の標高600mから1600mの範囲と北海道の渡島半島の標高50mから600mの範囲に生育していますが、気温が数度上がってしまうと、すべて適地ではなくなり、白神山地からもブナが消えてしまうという訳です。

 同様に世界最大の珊瑚礁が存在することで世界自然遺産に登録されているオーストラリアの「グレートバリアリーフ」も海水温の上昇のために、すでに半分近いサンゴが死滅しています。
 サンゴを食い荒らすオニヒトデの増加も影響していますが、海水温が上昇してサンゴが白くなる白化現象が主要な原因で、やがて大半のサンゴが死滅することになります。
 ユネスコは「危機遺産」にすることを検討していますが、このままでは2050年までにサンゴが全滅することも予測されています。

 このような自然の変化以外に国際関係にも変化が及ぶ可能性があります。
 現在、ロシアは人口がアメリカの45%、国内総生産が12%と大差をつけられています。
 しかし、温暖化によりロシアは大国になる可能性があります。
 一つは北極海航路の開通です。
 北極海の海氷は9月初旬に面積が最小になりますが、その時の面積が過去100年で半分になっています。
 その結果、一年の一定期間は北極海を通過して大西洋と太平洋を通行できることになります。
 そうするとアメリカのサンフランシスコからオランダのロッテルダムまで北極海を通行すると、パナマ運河を通行するよりも25%も距離が短くなります。
 海運業界としては北極海に期待しますが、通行可能な海面の大半がロシアの領海なので、ロシアが強い力を持つことになります。

 シベリアの大半はツンドラ地帯という凍った地域ですが、温暖化が進むと凍土が溶けて湿地になり、降水量が少ないので比較的短い期間で乾燥していくと予測されます。
 アメリカやカナダの穀倉地帯は高温になり農業適地ではなくなる一方、アメリカの面積以上のシベリアが耕作可能の土地になるかもしれません。
 現在、ロシアの穀物生産量はアメリカの11%でしかありませんが、場合によってはアメリカ以上の農業大国になる可能性があります。
 トランプ大統領は「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」という目標で既存の秩序を壊していますが、パリ協定から離脱することによって、ロシアをグレートにするという皮肉な結果をもたらすかも知れないのです。





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