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論文

 今年のノーベル賞の選考も近づいて来ましたが、心配されているのは、日本人の発表する科学論文の数が、以前はアメリカに次いで2位でしたが、最近では、アメリカはもちろん、中国、イギリスにも抜かれ、韓国にも迫られているという状況や、若手の研究者の待遇が悪く、就職も困難で、給料も低く、雑務が多くて研究に時間が十分に充てられないという実態で、受賞者は尻すぼみになって行くのではないかということです。
 しかし、そうではない事例もあるという日本人が貢献している技術革新についてご紹介したいと思います。

 英語に「ジャイアント・リープ」という言葉があります。日本語にすると「巨大な跳躍」になりますが、この言葉が世界的に有名になった瞬間がありました。
 1969年7月20日にアメリカのニール・アームストロング船長が月面に降り立った瞬間の言葉が「1人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」でした。
 この偉大な飛躍が英語では「ジャイアント・リープ」です。
 そこで日本人の発想で実現したジャイアント・リープの技術を紹介したいと思います。最初は素材です。

 明治時代から昭和の初期まで、日本の最大の輸出品は生糸で、多いときには輸出総額の50%、少ない時でも30%を稼いでいました。
 その歴史のある繊維の分野で日本の研究と産業は先端を走っています。
 現在の最新の旅客機であるB787の機体の重量の50%近くはカーボンファイバーで出来ていますが、このカーボンファイバーの生産は1位が東レ、2位が東邦テナックス、3位が三菱レイヨンで、3社を合計すると、世界の70%を生産しています。
 カーボンファイバーの最初の試作は1957年にアメリカの企業が行いましたが、現在の主流になっているカーボンファイバーは1961年に大阪工業技術試験所の遠藤昭男博士が製法を開発したものです。
 これを製品として最初に発売したのは「東レ」で1971年のことですが、当初は釣竿やゴルフクラブのシャフトくらいしか用途がありませんでした。
 しかし、引張り強度がアルミニウムの18倍、鉄の9倍もあるので、根気よく用途を開発してきた結果、80年代から飛行機に大量に使用されるようになったのです。

 もう一つ、日本で開発された繊維がセルロース・ナノファイバーです。
 これは昨年も簡単にご紹介しましたが、京都大学の矢野浩之教授や東京大学の磯貝明教授などが開発された材料で、木材などの植物繊維を何度も砕いて薬品処理なども加えていくと、最後に1mの10億分の1単位の極細の繊維が残ります。
 これがセルロース・ナノファイバーですが、鉄の5分の1程度の軽さで、引張り強度は7倍から8倍ありますから、極めて強靭な材料です。
 価格は現状では重量あたりで鉄の4倍ほどですが、それでもカーボンファイバーの8分の1程度ですし、重量あたりの強度は鉄の数10倍ですから、十分実用になります。
 現在、溶けないアイスクリームや、スラスラ書けるボールペンのインクに混ぜて使われていますが、目標は自動車の車体や内装材、衛生用品の材料などに使われると予想され、今後5年程度で、一般の紙生産の1割くらいにはなると推測されています。

 もう一つの日本の得意分野は最近話題の量子コンピュータです。
 現在の集積回路を使うスーパーコンピュータの計算速度は毎年速くなっていますが、過去5年で10倍程度しか速くなっていません。
 ところが全く原理が違う量子コンピュータは現在の最速のコンピュータの何千倍もの速さを実現しています。
 実用になった最初はカナダのD−Wave社が2011年に発売した「D−Wave One」ですが、その後継機の「D−Wave 2X」はアメリカのロスアラモス研究所に1000台規模で導入されています。
 グーグルとNASAが2015年に、このコンピュータで大量の計算を必要とする問題を解いたところ、高性能のパーソナルコンピュータの1億倍以上の高速で答えが得られたという発表をしています。
 仮に現在の世界最高速のスーパーコンピュータと比較させてみても、その5万倍の計算速度になります。
 これは理論的には14時間かかる計算を1秒で済ませるという速度ですが、実際に400台のタクシーが都心から空港に一斉に向かったときに、すべてのタクシーが最短時間で到着できる経路を計算したところ、スーパーコンピュータで30分かかる計算が数秒で終わったという事例も発表されています。

 ところが、この量子コンピュータの原理を最初に提唱したのは東京工業大学の西森秀稔(ひでとし)教授とその学生であった門脇正史(ただし)博士で、門脇氏の博士論文として1998年に発表されました。
 御本人たちが実際の装置が実現するまでには数10年はかかると考えていたのですが、10年少々で実現してしまったのです。
 ところが1週間前の9月22日に、東京大学の古澤明教授と武田俊太郎助教が、これまでの量子コンピュータとは桁違いの計算速度が得られる新しい量子コンピュータの原型を発表しました。
 古澤教授は、1998年に、この量子コンピュータの原理となる量子テレポーテーションの実験に成功しており、今年のノーベル物理学賞の候補にも名前が挙がっています。

 日本の最高速のスーパーコンピュータは2011年には世界1位でしたが、知識のない政治家が「2番じゃダメなんですか?」と言っている間に、現在では世界の7位に落ち、1位と2位は中国の製品です。
 次の時代の画期的な量子コンピュータも原理は日本人が先頭を切ってきましたが、アメリカや中国が国家事業として実用化を推進しているのに、日本は十分な体制が整っていません。
 目先の社会問題だけではなく、先を見た技術政策も推進をしてほしいと思います。





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