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論文

 明日10月20日は何の日かというと、愛国駅から幸福駅までの切符が1973年の8ヶ月間で300万枚売れたという記念日です。
 かつて北海道の帯広市から出発して84km南にある太平洋岸の広尾町まで広尾線という国鉄の路線があり、その途中にあったのが愛国駅と幸福駅です。
 300万枚売れたことがニュースかと思われるかもしれませんが、前の年の1972年には1年間で7枚しか売れなかったので、驚くべき事件でした。
 この突然のブームに貢献したのがNHKの長寿番組『新日本紀行』で、その年3月に放送された「幸福への旅・帯広」により幸福駅という名前が全国に知れ渡ったので、愛国駅と一緒にして「愛国から幸福へ」と宣伝した結果、前年に比べて43万倍も切符が売れる結果になったというわけです。
 その後4年間で約1000万枚が売れ、当時の切符の値段は60円でしたから6億円の臨時収入があったことになります。
 しかし自動車時代には対抗できず、ついに1987年に廃線になってしまいました。
 その愛国駅と幸福駅の駅舎は記念館として残され、使用価値はない「愛国から幸福ゆき」の切符が現在でも販売されており、土産品としてナンバーワンの売行きを維持しています。

 全国には鉄道駅が1万弱ありますから、この「愛国」「幸福」以外にも、縁起の良い名前はいくつもあります。
 函館本線の札幌と小樽の間にある「銭函(ぜにばこ)」は1975年頃に入場券や切符が売れ、現在でも入場券を買いに来る人がいるほどの人気です。
 九州の指宿枕崎線にある「喜入(きいれ)」は受験シーズンになると、毎年2000枚程度の売上があるようです。
 それ以外にも東海道本線の名古屋駅付近の「金山(かなやま)」、近畿日本鉄道名古屋線の「黄金(こがね)」、JR東日本烏山線の「大金(おおがね)」、三重県の三岐(さんぎ)鉄道の「大安(だいあん)」など縁起の良い名前は全国に数多くあり、鉄道マニアが切符を買いますが、残念ながら経営を支えるほどの売上にはなっていません。

 そこで登場したのが鉄道駅の名前を売るビジネスです。
 日本語で「命名権」、英語で「ネーミング・ライツ」という権利の販売です。
 お馴染みは野球場やサッカー場の名前です。
 アメリカのプロ野球(MLB)の「シアトル・マリナーズ」の本拠地が「セーフコ・フィールド」と呼ばれるのは保険会社のセーフコが1998年から20年間の命名権を約2億円で購入したからです。
 日本でも、先日、日本対ハイチのサッカー試合を行った横浜にある「日産スタジアム」は日産自動車が命名権を購入しています。

 この仕組みを鉄道駅に導入する例は2006年に「富山ライトレール富山港線」が最初のようで、以後、10以上の鉄道会社が実施していますが、最近、話題になっているのが「銚子電気鉄道」です。
 これは千葉県の銚子市から犬吠埼の方に向かって走る全長6.4kmという短い路線で、駅も10駅しかない鉄道ですが、創業は100年以上前の大正2(1913)年まで遡る歴史があります。
 何度も倒産の危機に直面しながら、1976年には「たい焼き」、1995年には「ぬれ煎餅」の販売など涙ぐましい努力をして経営を維持してきました。
 ところが2006年に社長が1億1000万円の横領の疑いで逮捕されたため、行政の補助金が打ち切られ、倒産寸前になってしまいました。
 そこで必死で「ぬれ煎餅」を販売したのですが、1日に1万円程度しか売れず、あと数日で資金不足になって倒産という時に、突然、10日間で1万人以上から注文が殺到したのです。
 理由は社員がホームページに「ぬれ煎餅を買ってください。電車修理代を稼がなくちゃいけないんです」と切実な気持ちを書いたところ、それがSNSで広がり、多くの人が応援メッセージとともに購入してくれるようになったのです。

 さらに記念切符を売出すなどの努力もしてきましたが、最新の切札として2015年から始めたのが駅の命名権の販売です。
 これは10箇所の駅の名前を付ける権利を企業が1年単位で購入するもので、初年度は7駅が売れ、3駅が売れ残りましたが、昨年、すべて売れました。
 駅名表示は企業が決めた名前が大きく書かれ、その下に平仮名で本来の名前が表示されるようになっていますが、「本銚子(もとちょうし)駅」は千葉市にある京葉東和薬品が購入して「上り調子本調子京葉東和薬品駅」と命名、西海鹿島(にしあしかじま)駅」は地元の根本商店が「三ツ星お米マイスター根本商店駅」と命名というように会社の宣伝を表面に出している駅名もあります。
 しかし、「笠上黒生(かさがみくろはえ)駅」は東京にある育毛製品を研究販売しているメソケアプラスという会社が「髪毛黒生(かみのけくろはえ)駅」と元の名前を生かした面白い名前にして会社の宣伝をしています。
 純粋に応援する会社もあり、NTTレゾナントは起点の「銚子駅」の命名権を昨年、購入したのですが、銚子駅の名前が市民に親しまれているという理由で、そのままの名前にしています。
 さらに感激を読んだのは終点の「外川(とかわ)駅」を千葉県の住宅建設会社「早稲田ハウス」が購入し、駅名を「ありがとう」にしたことです。
 命名権の販売金額は年間80万円から200万円で、総額は1200万円程度ですが、応援する企業の気持ちは何倍にもなるということを実感する逸話です。

 これ以外にも、脱線事故で壊れた車両を、もう一度走らせたいと地元の高校生が300万円目標のクラウドファンディングを実施したところ40日間で目標達成とか、老朽化した「仲の町(なかのちょう)駅」の修繕のために、やはり地元の高校生が100万円のクラウドファンディングを行ったところ135万円近くが集まったという多くの人の支援もあります。

 現在、全国の鉄道はJRも私鉄も廃線が増加し、2000年から12年間で674km以上が廃線になっています。
 各社は延命のために様々な努力をしていますが、銚子電気鉄道の特徴は、以前ご紹介した茨城県の「ひたちなか海浜鉄道」と同様、経営者と地域の人たちが協力して維持していることです。
 大半の地域では住民が廃線反対は表明するものの、具体的な行動を起こす例はわずかですが、今後、社会基盤維持が困難になる時代には参考になる好例だと思います。





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