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論文

 新年最初の放送なので「今年は何の年」で始めたいと思いますが、今年は国際連合が定めた「国際植物防疫年」です。
 「防疫」は疫病を防ぐという意味で、植物に付く病害虫が世界各地に蔓延することを防ぐことが重要だということを世界全体で認識しようという趣旨です。
 15世紀から始まった大航海時代以前は、植物が大陸間を移動するのは渡り鳥が種を運ぶか、海に流れ出た植物が漂流して別の陸地に流れ着くという程度でしたが、海運や空輸が発達するにつれて、大量に移動するようになりました。
 例えば、日本で流通しているカーネーションの花は60%が輸入品で、そのうち70%は南米のコロンビアから空輸されてきたものです。
 しかも、国産は1本30円近い値段ですが、コロンビア産は15円程度と半額ですから、ますます流通量は増えて行くと予想されます。
 カーネーションには葉や茎に斑点がつく「斑点病」や茎に割れ目が生じる「立枯細菌病」など様々な病気があるので、空港などで検査をしないと国内のカーネーションに病気が伝染する可能性があります。
 これを防ごうというのが「防疫(疫病を防ぐ)」です。

 世界の歴史には、このような伝染病の流行が大変な社会問題を発生させたことがあります。
 ジェームス・キャメロン監督の映画「タイタニック」(1997)には三等船室の様子が登場しますが、その客の多くがアメリカへ移民するアイルランド人でした。
 一等船室のアメリカまでの運賃は現在価格に換算して46万円、二頭船室が18万円、三等船室は3000円という安い値段でしたが、なぜ多数のアイルランド人が運賃の安い三等船室に乗船していたかというと、今日の話題の植物の病害虫に関係があるのです。
 1801年に連合王国(グレートブリテン)の統治下に入ったアイルランドの人々のかなりは貧しいためジャガイモを主食にしていましたが、1845年から49年にかけてヨーロッパ全域で「ジャガイモ疫病」が大流行し、ジャガイモの不作による飢饉になり、アイルランドでは多数の死者が発生します。
 正確な統計はありませんが、飢饉が発生する前の1841年にはアイルランドの人口は800万人以上でしたが、飢饉が発生した後の1851年には650万人になり、1900年頃には450万人と半分近くになっています。
 減少したうち、100万人程度は飢餓で亡くなり、200万人以上はタイタニックの三等船室の乗客のようにアメリカなどに移住したと考えられています。
 その中の1人は第35代大統領ジョン・F・ケネディの曽祖父パトリック・ケネディで、1849年にアイルランドからアメリカへ移民してきた人ですし、アメリカの人口の12%、3600万人はアイルランド系とされています。
 その一方、アイルランド島(アイルランド+北アイルランド)の人口は現在でも700万人弱で、最大時の800万人に回復していませんから、いかに大きな影響をもたらしたかがわかります。

 もう一つ世界規模の被害が発生したのは、日本では「ブドウネアブラムシ」、一般には「フィロキセラ」で知られる害虫で、ブドウの葉や根に寄生してブドウの木を枯れさせてしまう被害を発生させます。
 1860年代にフランスのブドウに「うどんこ病」が流行したので、対策としてアメリカから苗木を輸入したところ、その根にフィロキセラが付いており、フランスのローヌ地方のブドウ産地に伝染し、生産量が70%も減ったそうです。
 さらに1873年にはアメリカの西海岸のカリフォルニア州に、以後、ドイツ、スペイン、イタリアに伝染し、1897年には南半球のニュージーランドまで被害が及びました。
 現在、チリワインが美味しい上に安価であると評判ですが、それは被害にあったヨーロッパの栽培農家が、この時期に病気を避けて南米まで移住して栽培を始めた結果です。
 柑橘類に致命的な被害をもたらす「カンキツグリーニング病」も有名で、感染すると、葉に黄色い斑点が発生し、果実は大きくならず、黄色くもならず、味も甘くならない。そして木そのものが枯死してしまうという恐ろしい病気です。
 19世紀後半に台湾やインドに出現していましたが、20世紀になってからフィリピン、南アフリカ、タイに伝染し、日本でも1988年に西表島で確認され、2004年にはブラジル、2005年にはアメリカのフロリダに大被害をもたらしています。
 日本の昆虫がアメリカに被害をもたらした例もあります。マメコガネという昆虫が1916年にアメリカのニュージャージー州に持ち込まれ、農作物だけではなく、芝生や花壇にも被害を与え、悪役になっています。
 このような国際的な移動だけではなく、国内でも移動が問題になっていた害虫があります。
 沖縄が1972年に本土復帰した後に沖縄に仕事で出かけたことがあり、那覇市内の八百屋で「ゴーヤー」を土産に買って空港に行ったところ、没収されてしまいました。
 ウリミバエという害虫が付いている可能性があるという理由です。
 現在、日本の八百屋では普通に売っていますが、これは沖縄県が大変な努力をして、生殖能力を持たないウリミバエを500億匹以上放って、増殖しないようにし、1993年に根絶した成果です。

 伝染病などに罹った人間の入国を阻止するする検疫制度と同様に、植物に付いた害虫や病原菌の侵入を阻止するのが植物防疫制度ですが、1860年代にフランスでブドウの苗にフィロキセラが蔓延した時、侵入を恐れたドイツが1872年に植物検疫制度を作ったのが最初という歴史があり、先進諸国は次々と検疫制度を設けてきました。
 日本でも1914年から検疫制度を開始していますが、そのような歴史があるのに、なぜ改めて今年を国際植物防疫年に指定したかと疑問に思われるかもしれません。
 世界は食料不足と言われていますが、生産されている植物由来の食料のうち、病気や害虫によって食料にならない比率が20%から40%と推定されています。
 作物別に見ると、食料になっている比率はジャガイモで35%、トウモロコシで56%、大豆で64%などであり、外国から輸入した作物の病気や害虫によって自国の作物の収量がさらに減少することを避けようというのが、今年の植物防疫年の目指すところです。





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