TOPページへ論文ページへ
論文

 昨年の暮れ辺りから、日本のマスメディアでも紹介されるようになり、関心を持たれている「シャープパワー」について紹介したいと思います。
 簡単に説明すれば、相手国の社会制度や文化伝統などを鋭利な、すなわちシャープな刃物で切り裂くように分断し、自国に有利な状態を作る戦略のことです。
 昨年11月に、アメリカの研究機関「全米民主主義基金(NED)」という組織の2人の研究者が、中国とロシアという独裁(オーソリタリアン)国家の戦略をシャープパワーと名付けた論文を発表し、それを欧米のメディアが取り上げるようになり、注目されるようになりました。
 日本でも、イギリスの雑誌「エコノミスト」の12月14日号の記事を、翌週、日本経済新聞が「中国のシャープパワーに対抗せよ」という題名で翻訳し、産経新聞も上海支局長が2月6日に「中国のシャープパワー」という論説を書いて、次第に知られるようになりました。

 このようなパワー、すなわち新しい国力について議論が始まったのは1980年代中頃のソビエト連邦が崩壊する予兆が感じられるようになった時期からです。
 第二次世界大戦終了後は、アメリカとソビエトという二大大国が軍拡競争を繰り広げ、国力は軍事力でしたが、その一方が解体してしまったので、軍事力に代わるパワーが研究され始めたということです。
 未来学者のアルビン・トフラー、カーター大統領の特別補佐官であったズビグニュー・ブレジンスキー、ハーバード大学の政治学者ジェセフ・ナイなどの見解が有名ですが、要約すれば、冷戦構造が崩壊するまでは「軍事力(ハードパワー)」が国力であったが、70年代以後の「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代は「経済力(エコノミックパワー)」が重要でした。

 しかし、90年代のバブル経済の崩壊とともに、ジョセフ・ナイが提唱した「文化力(ソフトパワー)」が重要だと言われるようになりました。
 ソフトパワーは自国の文化や制度を外国に浸透させ、友好的な関係を構築するという戦略で、その本質は魅力(アトラクティブネス)と説明されています。
 これは人材、物資、資金、情報などを自国に有利になるように他国に提供したり、他国から受け入れるということです。
 その影響で登場したのがイギリスの「クール・ブリタニア」や日本の「クール・ジャパン」で、自国の文化を積極的に海外に売り出すということでした。

 ところが、最近になり、中国とロシアという独裁国家の新しい戦略が登場し、これを冒頭に紹介した研究機関の研究者が「シャープパワー」と名付け、話題になりはじめたというのが現状です。
 具体例をいくつか紹介すると理解いただきやすいと思います。
 2010年のノーベル平和賞は中国の人権運動の活動家で何度も投獄された経験があり、当時も獄中にあった劉暁波(りゅうぎょうは)氏に贈られ、ノルウェーのノーベル委員会は劉氏の釈放を中国に求めました。
 これはノーベル賞の歴史上、中国在住の中国人として初めての受賞で、かつ獄中にあった人物に授与した最初の例でした。
 しかし、中国は「内政干渉は許さない」とか「ノーベル平和賞は西側の利益の政治的な道具である」などと強硬に反発しただけではなく、ノルウェーから輸入していた養殖サーモンの輸入制限をするなど経済制裁を実施しました。
 ノルウェーは新政権のソルベルグ首相が外務大臣と貿易産業大臣を伴って昨年4月に中国を訪問して習近平国家主席に面会し、「今後、中国の核となる問題については批判しない」という声明に署名して、ようやく関係が修復されました。
 エコノミックパワーを利用して、自国の制度や文化を押し通すとともに、相手国の制度や文化を切断したシャープパワーというわけです。

 韓国も同様の経験をしています。北朝鮮の弾道ミサイルの発射を早期に探知し、迎撃するために、昨年、アメリカが高高度ミサイル防衛システム(THAAD)の機器を韓国のゴルフ場の敷地に搬入しました。
 北朝鮮はもちろんですが、中国も反発し、韓国商品の輸入規制など報復措置を実施し、ゴルフ場がロッテ商事の土地であったために、中国ではロッテグループを非難し、ロッテの商品の不買運動も発生しました。
 韓国の輸出の26%は中国向けでしたから、大変な打撃になりました。
 さらに韓国への団体観光旅行を禁止したため、昨年の11月末までの中国人観光客は前年比で42%も減少しました。
 そのような背景から、昨年12月に国賓として中国を訪問した韓国の文大統領に対し、中国高官との食事は昼食会2回のみで冷遇した一方、文大統領は北京大学で「中国の夢が全人類と共に見る夢になることを期待する」という講演を行っています。
 これもエコノミックパワーを駆使して自国の主張を押し付けた結果です。

 全米民主主義基金の論文が指摘した、もう一つの国がロシアですが、そのシャープパワーはアメリカの大統領選挙の時に発揮されました。
 今月16日にアメリカのロバート・モラー特別検察官が13人のロシア人と3社のロシア企業を起訴しました。
 容疑は先の大統領選挙で、アメリカ市民を装って、ソーシャルメディアの何百というアカウントを使って架空のオピニオンリーダーを作り出し、クリントン候補を落選させるための情報を発信したというものです。
 何億円という予算を使い、専属の人間を雇い、偽情報を大量に発信し、見事に目的を達成したということになります。

 このパワーは北風と太陽に例えると分かりやすいと思います。
 冷戦中は軍事力というハードパワーの戦いで北風でしたが、それが終了して登場したソフトパワーは太陽ということができます。
 しかし、シャープパワーは一見、太陽のようですが、その光線に有害な紫外線などが含まれて、相手を傷つける力があるということです。
 この光線は目に見えないために対応が困難ですが、先に紹介した「エコノミスト」の記事は「欧米の民主主義国家が中国のシャープパワーを無視することは西側の危険を意味する」と書いているように、国際的な政治活動や経済活動の水面下では、このような光線が頻繁に発射されていることを知る必要がある時代です。





designed by BIT RANCH / DEGITAL HOLLYWOOD
produced by Y's STAFF
Copyright(c) Tsukio Yoshio All Rights Reserved.