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論文

 丁度1ヶ月前の放送で、雪国の過酷な生活を江戸の人々に知ってほしいという情熱を抱き、生涯をかけて『北越雪譜』という本を出版した鈴木牧之という越後の商人をご紹介しました。
 先週末、北海道に行って来たのですが、同じように雪国・北海道の生活がいかに厳しいかということを実感した経験をご紹介したいと思います。
 これまで北海道には100回近く行っており、春から秋にかけての美しい季節だけではなく、流氷の浮かんでいる海でカヌーをしたり、スキーを履いて雪山に登ったりして、厳しい冬の環境も体験していますが、今回はそれとは違う厳しい体験をしました。
 東京にいた友人が3年前に北海道の富良野に移ったので訪ねました。
 富良野と言っても、JR北海道の富良野駅から直線距離でも10km以上離れた山奥で、観光地からは遠く離れた場所で周辺に民家は全くない林の中です。
 いかに自然の中かという証拠に、空知川の支流が流れている敷地の中にはエゾシカやキタキツネなどだけではなく、ヒグマも時々現れるので、広い敷地の周囲に電流を通した電線で張っているというほどの場所です。

 友人が旭川空港に迎えに来てくれ、大雨の中、富良野を目指して出発したのですが、しばらくして携帯電話に地元の人から連絡があり、雨で雪解け水が溢れ出しており、これから行こうとしている場所は夜の間に通行不能になるかもしれないという情報でした。
 実は一帯は2年前に台風10号が北海道を襲来した時にも川が氾濫して浸水寸前にまでなった場所なので、これはまずいと言うことになりました。
 翌日に丸瀬布という場所で講演をすることになっていたので到着できないと困るので、方針転換をして旭川駅に戻ってもらい、丸瀬布までJR北海道の石北本線で行くことにしました。
 そこで1両だけの快速列車に乗ったのですが、30kmほど進んだところで電車が止まってしまいました。
 線路に水が溢れてきて、急速に増えており、ここから先に進むのは危険なので、一つ前の駅に戻って指示を待つということになりました。
 石北本線は北海道の幹線で、単線ですが1時間に1本も列車が走っていない状態なので、逆方向に戻っても大丈夫ということで、ゆっくり戻り、中愛別という無人駅に到着しました。
 無人駅ということからも分かるように、周囲には家もない原野で、どうするのかと思ったら、しばらくして車掌さんから「旭川からタクシーを12台ほど呼びましたので、目的地別に分かれて乗ってください」という案内がありました。
 40分ほどしてタクシーが次々と到着し、遠方に行く人から順番に乗り合いで送ってもらうことになりました。
 感心したのは、乗客も慣れているのか、先を争って殺到するわけでもなく、整然と相乗りして出発しました。

 東京近郊でも代替のバスなどを用意することもあるので当然のことのようですが、北海道は広いので臨時停車した中愛別から終点の北見までは快速電車でも3時間、距離にして150kmほどですから、東京から静岡の手前くらいまでに相当する距離です。
 鉄道運賃は2000円強ですから、とても採算の取れる手段ではありませんが、運転士と車掌さん、そして本部の迅速な対応で何とか解決し、ベトナムからの4人の観光客も感心していました。

 ところが私はさらに大変でした。
 目的地の丸瀬布の知人に電話をして迎えに来てもらうことにし、タクシーに乗らずに無人駅で待つことにしたのです。
 当初の予定では旭川からタクシーが到着する頃には、知人の車も到着する予定でしたが、すべての乗客が出発してしまっても知人の車は到着せず、無人駅に1人残ったまま2時間も待つことになったのです。
 理由は大雨が降ったために雪崩の危険が予想され、高速道路が通行禁止になり、普段はあまり使われなくなっている一般道を走って来たために時間がかかったとことで、雪国の生活の厳しさを実感しました。

 今回のように線路が水没するのは保線作業が十分に行われていないという意見もあります。
 2011年には石勝線で特急が脱線してトンネル内で火災になり、2013年には函館本線で貨物列車が脱線したなど、JR北海道では何回も事故が発生しており、さらに線路の検査データが改ざんされていたなどの問題も発生しています。
 それは輸送機関の安全からは許されないことですが、その背景にあるのは赤字のため線路保存費と言われる維持補修費が十分でないことにも原因があります。
 1kmの線路を維持するための年間予算は、JR6社の平均では1400万円弱ですが、JR北海道は4割程度でしかありません。
 しかも、この中には北海道と東北の一部でしか必要とされない除雪費が含まれていますし、凍結や積雪のため線路の劣化も他の地域より大きくなりますから、本来の維持補修費はさらに少なくなります。

 そのため北海道では不採算路線を廃線にする構想も検討されています。
 通学する学生や高齢者にとって鉄道は重要な移動手段ですから、廃線になると不便になりますが、それでも北海道だけではなく、全国で鉄道路線が減って行く一方、高速道路が増加しています。
 自動運転車の時代を見通せば役立つ政策かもしれませんが、輸送能力や一人当たり輸送エネルギーなどの点では鉄道は重要な輸送手段です。
 このような転換期に鉄道を維持するためには、今回の運転士や車掌さんのような機転の効いたサービスは重要だと実感した次第です。





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