TOPページへ論文ページへ
論文

 流氷の季節が到来した。ここ十年ほど、二月の最終日曜にオホーツク地域で開催されるクロスカントリースキーの競技大会に出場するために道東を訪問しているが、その往復での流氷の景観は、この地域にしかない絶景である。それ以外にも、国後を背景にした野付半島からの景色も、知床の山々を遠望する網走の海岸からの景色も幻想そのものである。

 しかし、さらに得難い経験は三月になって流氷がわずかに離岸した海面の隙間をシーカヤックで航行することである。巨大な氷塊の真横を通過しながら、これらが一○○○キロメートル彼方の河口で誕生して海面を南下しながら成長し、この海岸に到達したと想像すると、地球という巨大な規模の存在が身近な実感になる。

 しかし、この流氷も三○年前には地域の人々にとって邪魔な存在であった。海面が閉鎖されてしまうから漁業はできない。ただでさえ酷寒の土地の寒気を一気に増大させる。この流氷さえなければ、地域は発展できるというのが大勢の意見であった。しかし現在、その意見は消滅した。流氷の重要な役割が理解されてきたからである。

 第一に、流氷はアイスアルジーと総称される植物プランクトンを大量にオホーツク海域にもたらして動物プランクトンのエサを提供し、それが小魚のエサに、そして小魚が大魚や鳥類のエサに、最後には人間の食料になるという食物連鎖の原点だということが理解されてきたからである。春先の漁獲は流氷の到来の仕方に左右されるのである。

 さらに最近では観光である。この道東の緯度で、しかも多数の人間が定住している地域に流氷が接近してくるのは世界でもオホーツク海域だけであり、それを目指して夏秋の観光シーズンに匹敵するほどの人々が見物に到来している。休業している漁師も流氷ウォークを発明して、冬場の新規ビジネスを創出することに成功している。

 ここで重要なことは価値の転換である。厄介な存在だったものが、視点を転換した途端に宝物になったのである。流氷は典型であるが、各地には宝物に転換できる厄介な存在はいくらでもある。道内の港湾には煉瓦の倉庫が多数放置されてきた。都市計画にとっては邪魔であったが、函館や小樽では商業施設やレストランに改造して成功した。

 道内にはホタテの産地がいくつもあるが、大量の貝殻の処理は深刻な問題であった。しかし現在では、水質浄化に利用され、水虫治療の薬品になり、粉末にして建材の原料にするなど、重要な商品に変貌している。イカの内臓も液晶ディスプレイの材料になり、カニの甲羅に含有されるキチンキトサンも薬品の原料になっている。

 パーソナル・コンピュータの概念を提唱したアラン・ケイという学者に「視点はIQ八○に相当する」という名言がある。観察する視点によって物事の成否は八割が決定するという意味である。道東にも、現状では邪魔とされている物資も場所も人間も多数存在している。それらを地域の宝物に変貌させるプロジェクトを開始することを提案したい。



designed by BIT RANCH / DEGITAL HOLLYWOOD
produced by Y's STAFF
Copyright(c) Tsukio Yoshio All Rights Reserved.