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論文

 知床国立公園、阿寒国立公園、釧路湿原国立公園、そして網走国定公園が存在している道東は自然の豊富さでは日本有数の地域であるが、そのなかでも特徴ある自然は釧路湿原である。明治時代以来の開拓で大幅に面積が縮小したとはいえ、現在でも二万ヘクタール以上が国立公園として保全されている日本最大の湿原である。

 地元では有名なことであるが、日本全体が列島改造に熱狂していた田中角栄内閣時代には、この湿原全体を干拓する構想が真剣に検討されていた。日本で最初にラムサール条約に登録された湿原となっている現在では想像もできないことであるが、時代の変化というものを実感させる事件であった。しかし現在、さらなる時代の変化が発生している。

 筆者は毎年何回か屈斜路湖の釧路川源流部から湿原内部までカヌーで航行するが、途中に大変単調で退屈な場所がある。一定の川幅の直線の河川が延々と連続している箇所である。これは木材を運搬したり湿原を干拓する目的で運河が掘削され、それが本流となっている部分で、その外側には元来の蛇行していた河川が三日月湖として残存している。

 ところが最近、この三日月湖となっている河川を再度本流に接続し、以前の蛇行した河川に復元する工事が開始された。干拓するために自然を加工してきた方向と完全に逆向きの工事で、自然を以前の状態に復元しようというわけである。しかも、このような自然回復公共事業とでもいうべき工事は釧路湿原だけではなく、世界各地で進行している。

 わざわざ費用をかけて干拓した土地を、また費用をかけて以前の湿地に復元するというのは、一見すると無駄な作業であり、実際に財界などから批判がないわけではないが、これには重要な意味がある。列島改造時代には、湿原は農業も工業もできない不毛の土地であったが、環境重視時代になると、湿原に潜在する価値が見直されてきたからである。

 一例として、大雨のときには広大な湿原が洪水を防止するし、地域の気候を緩和する役割もある。このような自然環境の価値を金銭に換算した研究があるが、それによれば、湿原のヘクタールあたりの価値は毎年二○万円程度と計算されている。釧路湿原の面積を掛算すれば四○億円程度になるし、観光の価値などを加算すればさらに価値は増大する。

 これだけでも環境回復の価値はあるが、さらなる意味がある。上記の計算では、世界のあらゆる自然の潜在価値は三五○○兆円とされているが、一方、人間の生産する世界全体の経済価値は三三○○兆円とほぼ同額である。そして、この後者の価値は森林を伐採して製紙産業が生産をするように、自然の価値を減額して経済の価値を増額している。

 すなわち、人類の経済活動であるエコノミーは自然の価値であるエコロジーを簒奪することで成立しているということになる。しかし、自然環境を回復する事業はエコノミーも増大させるが、エコロジーも増大させるという一石二鳥の性質をもっている。道東はエコノミーからエコロジーへという時代の転換の先端にある地域なのである。




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