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論文

 昨年あたりから、ユビキタス社会とかユビキタス通信という言葉が流行している。遍在する、すなわちどこにでも存在するという意味が原義であり、どのような場所でも、どのような時間でも自由に情報通信が可能になる社会を実現するという、今後の情報通信社会を象徴する言葉として使用されている。

 ここ十数年間の情報社会を概観すると、時代を表現する言葉は大略五年ごとに変化している。九○年代前半はマルチメディア社会であり、複合機能をもつ端末装置を普及させることを目指した。後半はインターネット社会に移行し、それらの端末装置をネットワークで相互に接続することが目標となった。二一世紀になると、通信回線の容量を拡大するブロードバンド社会が国家目標となり、そして今回、ユビキタス社会が登場してきた。

 ユビキタス社会の技術の中核は、無限といってもいいほど多数の通信アドレスを創造できるIPv6、そして集積回路と無線通信アンテナを一体とし、外部から電波を送信すると、その集積回路から信号を発信できるようにするICタグもしくはRFIDである。前者はあらゆるモノにアドレスを添付することを可能にする技術、後者はあらゆるモノに通信機能を付与できる技術である。

 これらは情報通信技術の進歩の一環であるが、これまでの技術とは大幅に相違した効果を社会にもたらす。それは既存の技術がヒトとヒトの通信を対象にしたものであったのに対比して、ヒトとモノ、ヒトと場所の通信を可能にすることである。かつて、NTTドコモの立川啓二社長が、やがてイヌやネコも携帯電話を使用する時代が到来し、需要は無限にあると予言しておられたが、動物を飛越してモノまで通信する時代になったのである。

 この技術が普及すると様々な変化が社会に出現する。まず、この技術に期待しているのが書店である。日本の書店の万引きによる被害総額は全国で年間約五五○億円、一店舗当りでは約二一○万円にもなるといわれる。そこですべての書籍にICタグを添付しておけば盗難を防止できるし、万一、万引きされても追跡可能になる。そのためにはICタグの値段が一個数円になる必要があるが、その目途はすでについている。

 前向きの利用も様々に検討されている。スーパーマーケットなどで販売される大根などの野菜にICタグを添付し、そこに値段はもちろん、産地、出荷日時、生産者名、流通経路、さらに料理方法なども記入しておけば、買物をする人々が端末装置を接近させるだけで、そのような付加情報を入手できる。あらゆるモノに応用可能であるが、これによってモノの付加価値が増大するとともに、流通の構造が大幅に変化する。

 この構造を国土全体に浸透させようという巨大構想も発進した。「自律移動支援プロジェクト」と命名されているが、地上のあらゆるモノ、あらゆる場所に情報を記録したICタグを添付しておき、人間が端末装置を携帯しながら移動すれば、その場所やモノについての情報が伝送されてくる社会を実現しようという壮大な構想である。来年、神戸の都心で実験が実施されるが、ユビキタス社会の最初の一歩になる。

 日本はヒトとモノを峻別しない多神教的思想を現代社会にも温存している数少ない国家である。そのような日本はヒトとモノが自由に情報を交信するという技術の導入に抵抗が比較的少ない。そのような意味で、ヒトとモノ、ヒトと場所が情報交換することに最大の意義があるユビキタス社会を推進していくことは日本の役割である。




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