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論文

 昨年のインターネットでの広告費用が一八一四億円となり、ラジオ放送の一七九五億円を上回って逆転し、インターネット業界を代表するライブドアによるニッポン放送の買収騒動と重複して話題となった。五年前の九九年には、ラジオ放送の広告費用は二〇四三億円、インターネットは二四一億円であったから、インターネットの躍進は異常な速度である。

 この異常な速度がライブドアによるニッポン放送の買収の背景にある。ライブドアの堀江貴文社長の発言に「放送業界の人々と仕事をしてきたが、スピードがなく、スピードを増大させないと出遅れてしまう」という文言がある。広告費用でいえば、過去一○年間で約一八%増大したテレビジョン放送業界、約一一%減少したラジオ放送業界と比較して、ゼロから一八○○億円に成長したインターネット業界とは根底から速度が相違しているのである。

 これはメディア自体の社会に浸透する速度にも反映している。日本の社会で様々なメディアが人口の一割にまで普及するのにかかった年数を計算してみると、新聞が七○年、電話が八○年、ラジオ放送が一九年、テレビジョン放送が八年であるのに、インターネットは五年しかかかっていない。アメリカについても同様に、新聞が一○二年、電話が三八年、ラジオ放送が九年、テレビジョン放送が七年で、インターネットは四年である。

 新聞からテレビジョン放送までのメディアは同一の情報を社会全体に伝達することが重要な工業社会とともに発展してきた。この社会はエコノミー・オブ・スケール、すなわち規模の経済が支配してきたが、インターネットが登場した情報社会はエコノミー・オブ・スピード、すなわち速度の経済が支配している。それは情報社会がドッグイヤーという従来の社会より七倍の速度で変化していくという説明とも合致している。

 さらに重要な問題は、放送業界には電波という有限な資源を政府から配分された巨大企業による固定した秩序が形成され、新規参入のほとんどない限定された競争しかないのに比較して、インターネットは無限とでもいうほどの通信容量のなかで次々と中小の新規企業が参入してくる完全に自由な競争条件でビジネスをしていることである。当然、そこでは先手必勝となり、いかに速度を増大させるかが企業の存亡を左右する。

 そして今回の買収騒動にはインターネットというメデイアの特徴が背後にある。電話は一人から一人への情報伝達手段であるが、放送は一人から多数への情報伝達手段である。放送がマスメディアといわれる理由である。ところがインターネットはメールのように一人から一人へも情報を送信できると同時に、インターネット放送のように一人から多数にも情報を送信できる。またネットオークションのように多数から一人への情報伝達も可能である。

 この変幻自在の怪物のようなインターネットの威力を想定すれば、放送はアメリカの作家マイケル・クライトンやジョージ・ギルダーが九○年代前半に予言したように、いずれは絶滅していく恐竜のような存在である。たまたま今回の買収騒動の決着がどうであれ、メディア世界の環境はマスメディアが繁栄していくのには適合しない条件に変化することは必至である。堀江社長が喝破したように「放送は通信の一部」になる。

 しかし、生物世界には共生理論がある。単一種類の生物が環境全体を支配することはなく、多様な生物がそれぞれに適合した環境で役割を分担して棲息している。メディアの世界も同様であり、数千年の蓄積をもつ書物も、数百年の伝統をもつ新聞も、数十年の歴史しかない放送も絶滅することはない。過剰適合した巨大な存在のみが滅亡していくのである。



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