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論文

 長野は日本では数少ない海岸のない地域であるが、それを補完するのに十分な山岳と河川と湖沼がある。飛騨山脈、木曽山脈、赤石山脈という日本の屋根をなす高峰連山、北信五山といわれる飯綱、戸隠、妙高、黒姫、斑尾の独立名峰、それらの山間を侵食して北行する千曲、南行する天竜の二大河川、そして、諏訪、野尻などの湖沼は、田中康夫知事のダム建設を中止しても保全したいという気持ちが理解できるほどの雄大な自然である。

 長野は日本四位の面積をもつ広大な地域であるため、県域は佐久・小諸を拠点とする東信、伊那・飯田を拠点とする南信、松本・塩尻を拠点とする中信、そして長野・飯山を拠点とする北信に区分されることが一般である。いずれの圏域もそれぞれ特徴のある自然が存在しているが、とりわけ北信は通年の登山、冬期のスキーの本場として全国から愛好の人々が参集してくる自然の豊富な場所である。

 筆者も子供の時代から登山やスキーで頻繁に北信を訪問していたが、ここ数年、機会があって北信各地の自然を愛好する人々と懇意になり、毎年数回、登山やスキーやカヌーをするために出掛けている。スキーはもっぱらクロスカントリー・スキーであるが、福島信行白馬村長の好意で、長野オリンピックの競技が開催された会場である「スノーハープ」で試走させていただき、過酷ではあるが整備されたコースでの滑走を堪能している。

本題のカヌーであるが、千曲川上流部になる犀川が現在のホームグランドである。犀川は松本盆地から筑摩山脈の谷間を通過して長野盆地に到達する一級河川である。飛騨山脈の東側の山麓、松本盆地の北端に位置する穂高は雪解けの湧水が豊富な場所であるが、通年摂氏一三℃で安定した大量の湧水を利用したワサビの栽培が名物になっている。そのなかでも最大で一五ヘクタールの面積をもつ大王わさび農場が出発地点となる。

 この農場の片隅の樹林のなかに万水川という小川がある。幅員は一○メートルもないが、湧水で水量は豊富であるし、流速も相当な小川である。ここからカヌーで出発して約一キロメートルもすると先方に犀川の本流との合流地点が展望できるようになる。季節にもよるが、本流はそれなりの流速もあるし、所々に一級と二級の中間程度の早瀬もあり、退屈しないでツーリングするのには格好の河川である。

 途中はほとんど急峻な谷間を通過するが、相当部分で道路が平行しているために、その保護のためにテトラポットを多用した護岸工事が各所でなされている。そういう意味では雄大な自然を満喫するという光景ではないし、農業用水の流入もあって水質は透明というほどではないが、両側に集落が点在している河川として、日本の農村地帯の典型を鑑賞できる河川である。

 その終着地点は二○キロメートルほど下流の信州新町である。ここには発電目的で建設された中部電力の水内ダムがあり、そのダムで出現した●鶴湖畔には信州新町カヌークラブの艇庫がある。このカヌークラブは民間の有志で設立されたものであるが、信州新町の町長中村靖氏も自身でカヌーをするほど熱心に応援しており、国民体育大会の長野代表として参加するのほどの選手も何名か輩出している。

 この信州新町の最近の名物は町内の牧場で飼育されているサフォークの羊肉のジンギスカン料理である。犀川に平行している国道十九号線の沿線にも何件かの店舗があるが、川沿いの不動温泉にある和風の温泉旅館「さぎり荘」が有名である。半日のカヌーを終了してから、やや硫黄泉質の温泉で疲労を回復し、ここで仲間とジンギスカン料理とビールを味合えば、最高の一日となる。

 長野ではもう一本の河川でカヌーを体験したことがある。白馬山麓を大糸線沿いに北流する一級河川の姫川である。平成七年七月の豪雨の影響で流域の平岩地区で広大な土砂災害が発生し、川沿いの道路や鉄道まで崩壊したことからも推定できるように、急峻な河川である。姫川の名前自体が多少は大人しい姫様のようになってほしいという願望から名付けられたというほどの頻繁に氾濫してきた河川でもある。

 無謀にも、この姫川をカヌーで下降したことがあるが、急流であるうえに早瀬では直線で通過できる水路がなく、何度も転覆し、同行していただいた名人たちの救助訓練になってしまったほどであった。しかし、犀川も姫川も、明治時代にオランダから派遣された河川技師ヨハニス・デ・レイケが日本の河川は連続した瀑布であると喝破した日本の自然を理解するのに絶好の環境である。


●は左側に「王」、右側に「良」を併せた字です。





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